世界の裏庭

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小説、童話、迷言・珍言

創作ミステリー小説がメイン。おとなでも読める童話や、たまに、人生の役には立たない迷言・珍言

『大誤解』22 (完結)

● ファミリーレストランの一番奧のボックスに絹江はいた。頭に巻かれた包帯でわかった。向かいには若い男が腰かけていた。山科は、ななめ向かいの席に背中を向けて座った。メニューも見ずにアイスコーヒーを注文した。ドリンクバーから戻ってきても二人は話…

『大誤解』21

● 敦子はあるマンションの前に停めた車の中にいた。夜の十一時過ぎだった。後ろのシャイルドシートでは雄介が眠っている。いつ起きてぐずり出すかわからない子どもをひとり置き去りにして、部屋を開けるわけにはいかなかった。このまま状況を放置できないと…

『大誤解』20

● 安普請の建物付近には、警官の姿もパトカーもなかった。警官やマスコミたちで賑わっている、病院の建物付近とはまるで別世界のようにひっそりとしている。 真琴の車は少し離れた場所のコインパーキングに停めた。昨日の夜ふけにリョウが脱出したドアの鍵は…

『大誤解』19

● 翌朝早く起きた山科は、医師による朝の定期回診を待たずにナースステーションへ出向き、すぐ退院させてくれるよう看護師に頼んだ。「だめです」と答えた彼女に対し、自分が今すぐ仕事に復帰しないと捜査本部が人員不足で大変なのだと、最後はおどし半分で…

『大誤解』18

第3部【大誤解】 ● 窓の外の手すりに、一羽のカラスがとまっていた。山科はその姿をさっきからぼんやり眺めていた。やつの背中からは、何か生死に関わる重要な問題について考察している気配すら漂っている。ばかの一つ覚えみたいに、いつまでもクルクル赤い…

『大誤解』17

● 敦子は雄介の手に触っていた。ぷくぷくとした肉は弾力があってすべらかだ。照明をつけていないから部屋はまっ暗だった。いまの敦子にはグロー球の明るさでも怖くて仕方ない。 誰かに見られている、というより観察されている。あの芝居を観ればそれは間違い…

『大誤解』16

● 鍵をしめ、階段を下りて向かい側にある砂利敷きの駐車場に停めてある、真琴の赤い小型車に乗り込んだ次の瞬間、目の前の細い道に車が滑り込んできた。 パトカーだった。同時に身体を隠そうと横に倒れて頭をぶつけ、すぐに体を折り重ねて隠れたダッシュボー…

『大誤解』15

● 目が覚めたときは十二時半を回っていた。真琴が出かけたのも気づかずに、リョウはすっかり眠りこけていた。台所でコップ一杯の水を飲んで思い出した。そうだ、トオルと話さなけりゃならなかった。電話をかけると今度はあっさり出た。奴は捕まってもいなけ…

『大誤解』14

● マンションに帰って郵便受けを開けたとき、敦子の息が止まった。 あの手紙だ、と思った。 切手が貼られていない、例の手紙がまた入っていた。封筒をとり出し、早足でエントランスを抜けてエレベーターホールに向かう。無人で降りてきたエレベーターに乗り…

『大誤解』13

● 部屋に帰ると、絹江は本当にそこにいた。ソファでくつろぎ、勝手に冷蔵庫から飲み物を出して飲んでいた。「インゴットはどうなってるの?」「安心してくれ、いつものところだ」 札束以外の売上があったときは、いつもいったん駅のコインロッカーに入れてお…

『大誤解』12

● 家に戻ると、ひどく疲れてしまっていた。人身事故の一件が頭から離れなかったが、かといってニュースを見るのも怖かった。まだ夕方だったが酒を飲まずにはいられず、寝酒をあおってソファに横になるとすぐに寝入ってしまったらしかった。 熟睡しはじめた頃…

『大誤解』11

● 「何があってもそいつを探し出すよ。絶対に、警察より早く」 絹江が声を抑えてどなった。そして直後に頭を抱えた。ぶつけた傷に響いたのかもしれない。 翌日の午前中、修三はふたたび病院を訪れていた。絹江のけがはひどいものではなかった。脳しんとうで…

『大誤解』10

● もともとは三人のチームだった。絹江と修三、そしてもう一人の男、橘だ。 ところが七年ほど前、強盗に入った家で主人の激しい抵抗にあい、橘が相手の男を包丁で殺してしまった。強盗殺人の指名手配を受けた橘はしばらく東北各地を逃げ回っていたようだが、…

『大誤解』9

第2部【中誤解】 午後三時五十分 ● なんてこった。 こんなことになるぐらいなら別の家を狙えばよかったと、したたり落ちる汗を拭いながら修三は考えていた。腕時計のアラームが鳴った。作業をはじめてからすでに十分を経過した知らせである。 なかなか手強い…

『大誤解』8

「今日の、もう日付が変わったから昨日のことになるけど、午後に市内で通り魔事件があったの。知らないでしょ」 首を大きく左右に振った。「その通り魔に、リョウは間違われてるんじゃないかと思う」「通り魔って……おれが?」 あまりに自分とかけ離れた遠い…

『大誤解』6

● 突然、瞼が開いた。「へへ、おどろいた?」 驚くリョウに向かい、美季はぺろりと舌を出してウィンクをした。片目だけつぶることができないのか、両目を一緒につぶっている。「成功だね」がばっと身体を起こす。「さっ、いまのうちだよ。急ごう」 唖然とし…

『大誤解』7

● 建物の陰に身を隠し、リョウは携帯電話をとり出した。 思い出してみると、引ったくりを決行したときから切ったままだった。電源を入れ、通話先を選んでかけた。顔をあげると建設中のビルが見えた。黒いシルエットのてっぺんにタワークレーンがあって、夜間…

『大誤解』5

● ぽつぽつと常夜灯がある暗い廊下をしばらく進んだ。途中で血の付いた半袖シャツを脱ぎ、「業務用」と書かれたゴミ箱に捨てた。下着代わりのTシャツにもわずかに染みは残っていたが、これならただの汚れにしか見えないだろう。隅々まで知っているという割…

『大誤解』4

● 呼吸を止め、おそるおそる振り向いた。「こんなとこで何してるの、おじさん」 自動販売機の前に女の子が立っていた。リョウは吸い込んだ息を小さく吐き出してから小声で答えた。「か、かくれんぼ」「かくれんぼ?……おとなのくせに? なんかヘン」「捕まっ…

『大誤解』3

[病院] コンクリート塀の上にかけた手に力をこめて、身体を持ち上げた。すぐ目の前で、前腕部が小刻みに震えている。 こんなことなら、トオルと一緒に藪の中を逃げたほうがましだったとリョウは思った。歯を食いしばり、最後の力を振り絞る。どうにか上半…

『大誤解』1 −−長編ミステリー

『大誤解』 第0部 【誤解の種】 第1部 【小誤解】 第2部 【中誤解】 第3部 【大誤解】 第0部 【誤解の種】 ● 敦子 午後四時 うららかな陽気の午後だった。時刻は午後というより夕方に近かったが、そのせいもあってか暑さは少しずつ和らぎつつある。 二歳半の…

『事件家族』第3章(完結まで一挙公開)

【第三章】大嶽修二事件 1 波間に浮かんでいるときだけ、シオンは自分が本当の自分に戻れたような気がする。 遠くに高い煙突が見えた。赤と白のしま模様のかわいい煙突で、煙が空へ吸い込まれてゆくのを眺めていると気持ちが和む。好きな風景だった。 シオ…

『事件家族』第2章-14

その日の深夜、車に乗って一度だけ移動した。それが発見された蒲生干潟にある、日和山近くの廃屋である。シオンに無理やり睡眠薬か何かを飲ませるとすぐに、石黒は出ていった。目隠しを通して光が射しこまなかったから、まだ夜が明ける前だった。波の音が聞…

『事件家族』第2章-13

☆ 事件の幕切れは、後味の悪いものになった。 エスカレーターから飛び降りた犯人の石黒洋太郎は、頭部に大けがを負って救命救急センター併設の病院へ搬送されていた。頭蓋骨の陥没骨折と脳挫傷で重体だった。意識が戻らず話すこともできないため、事情聴取は…

『事件家族』2-12

変わった構造のエスカレーターだった。広場を中心にXの形をしていて、ちょうど交差しているところに中二階があり、そこからもう一本乗り継がなければ二階へあがれないのである。 男がエスカレーターに乗った。挙動にはどこか落ち着きがなく、しきりに周囲を…

『事件家族』第2章-11

☆ 犯人の足どりは掴めなかった。 草壁の携帯には何度かけてみてもつながらない。生きているかどうかが気がかりだったが、犯人を追うのが先決だと大嶽は自分に言い聞かせた。 車は海岸にほど近い道を走っていた。逃走しているはずの犯人は、どこかから上陸す…

『事件家族』第2章-10

大きな道路からだんだん細い道路に入っていって、でこぼこ道になったとたんに海が見えた。途中からパトカーの数がどんどんふえて、せまい駐車場はいっぱいになった。 「陽平君、少しだけ待っててくれ。すぐには見つからないようだったら、この車で家まで送る…

『事件家族』第2章-9

☆ チャンプは途中で何回も立ち止まっては、困ったような顔をして陽平を見あげた。 (おれの鼻じゃ無理だよ) 目がそう言っている。 「頑張れよ、チャンプ! シオンねえちゃんを助けられるのは、僕たちしかいないんだぞ」 何度も同じ言葉をかけて、陽平はシオ…

『事件家族』第2章-8

港が近づくと道はアスファルトに変わった。漁港が近づくと人も多くなり、漁船の数も増えてきた。誰かが水上バイクを目撃しているかもしれないと思った。 犯人が上流から下ってきたとすれば、ここを通らなければ海に出ることはできないからだ。釣り糸を垂らし…

『事件家族』第2章-7

☆ やられた、と大嶽は思った。 完全に裏をかかれた。無線マイクに向かって叫んだ。 「犯人は東部道路の新名取大橋上から、名取川に向かって現金の入ったバッグを落下させ、水上バイクでバッグ回収後、河口方面へ逃走。水上バイクは青と白のツートンカラー、…