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【おすすめ傑作選◉読書】『神の子どもたちはみな踊る』 村上春樹

●『神の子どもたちはみな踊る』 村上春樹

 久しぶりに『レキシントンの幽霊』以来、村上春樹の小説を読んだけど、いやー、傑作、名作ぞろいの全6篇だった。
 基本的に読者がストーリーを追いかけていく物語文学でありながら、ほんの短い一篇を読んだごとに本を閉じて、ぼんやりと物思いにふけってしまう。これぞ物語、文学・文芸の力ではないかと実感させられる。
 さて、本作について。
 「かえるくん、東京を救う」からは、初期の著者のファンタジックなリアルを感じた。「蜂蜜パイ」では、「ノルウェイの森」のストーリーからさらに先へ進んで踏み込んだ、それだけに書いた当時の心境や姿勢を感じさせる、どちらかといえば向日性と呼ぶべき志向を感じた。
 これがこの前後からしきりに著者が好んで使うようになった、コミットメントとデタッチメントということなのかもしれない、と思ってみたりもした。一つひとつの小説は短いのに、何しろさまざまなことに思いを巡らせてしまう短編群なのだ。

 私がまだまだ青二才だったころ、小説をはじめとしたありとあらゆる活字、漫画にいたるまで読みまくっていたのだけど、そんななかで時折、書評のようなものにも目を通していた。そしてちょうどその当時、「物語小説の時代は終わった」なんていう言説が、一部の小説家や評論家の間でしきりに語られていたものだ。
 その後の小説の流れ、さらにはインターネットが登場したことで、その物言いが明らかな間違いだったと知ることになる。これは頭でっかちすぎた、若い頃の苦い経験といえるかもしれない。もっと自分の感覚を信じるべきだったと、いまになって思う。
 受験勉強対策として読んでいた小林秀雄が、批評は愛である、というようなことを書いていたとのちに知った。あの厳しい論評で有名な彼にしてそうだったのかと、ひどく意外な思いをした。
 小林秀雄が本作を読んだとしたら……やっぱり、きついことを書いたかもしれないけど。

 でも私は、「かえるくん、東京を救う」が、言葉ではうまく表現できないほど好きな一篇である。