●『山の上ホテル物語』 常盤新平著
山の上ホテルへの著者の愛が伝わってくる1冊
今回は、小説でもエッセイでもない本を紹介してみたい。
この本はずいぶん以前に買っておいて、いわゆる積ん読の状態で山に埋もれていたのだが、ふと見つけて読んでみたところ一気読みだった。
著者が好きでよく利用している老舗ホテルに取材(?)して、さまざまに調べたり考えたりしてまとめた一冊だ。無理やりジャンルで分ければルポルタージュに近いのかもしれないが、印象としてはストーリー性のある随筆、という感じかもしれない。
東京都心(JR御茶ノ水駅近く)の老舗ホテルと聞くと、個人的には格式ばった仰々しいもてなしを想像してしまう。しかし、山の上ホテルはその正反対である。わずか2、3回だけだが宿泊した際の印象だ。
実際に泊まってみてわかる「特別なホテル」感
最初は仕事で東京へいった際に泊まってみたのだが、ボーイさんやメイドさんの対応とか雰囲気が、どこか普通のホテルとはちがっていた。ただそれは、非常にいい意味での違和感だった。
ひと言でいえば「素朴で初々しい応対」というべきだろうか(ふた言になってるが)。別の表現を用いれば、人ずれしていないボーイさんとメイドさんという感じ。そんなホテルなんてあるのかといわれそうだが、初回はたまたまそういう人に当たったのだろうと思い、好感をいだいただけだった。
その後宿泊したときも、最初と印象は変わらなかった。ところがこの本を読んでみて、当初からそのような方針で人材を雇用し、そういう方針で育てているホテルだったのだと初めて知って驚いた。
創業したのは吉田俊雄という実業家で、まるで畑違いのホテルを手がけるにあたって、ホテル経営の素人であることを逆に売りにするため、素朴で懇切ていねいな接客を心がけることにした。そのあらわれが、客が心なごむような接客となっているらしい。
「古き良き時代のホテル」を、現代でも味わえるという貴重さ
いわゆる「古き良き時代」の面影を、現代にも伝えているホテルということだ。私が感じたのと同じような印象は、このホテルを愛する人たちがみな同様に好ましいものとして受けとめていたのだと、本書を読んでさらに理解できた。
ホテル内にある「てんぷらと和食 山の上」も、おいしい天ぷらが食べられることで有名だ。天ぷらのコースを一度食べた際は、一緒にいた大先輩の方から「天ぷらは、揚がった途端に引ったくるようにして食べるもの」と教わった。また別のときはランチで、丼からあふれるようなサクサク熱々の天丼を味わったこともある。
いつかまた泊まれればいいなあ、と思っている。
〈山の上ホテル〉とは
・1937年に完成した本館はアール・デコ長のクラシカルな内外観が特徴
・ホテルとしての開業は1954年(敗戦後にGHQ宿舎として利用されていた)
・神田駿河台の高台にたっていて、明治大学のすぐ近く
・最寄駅は「JR御茶ノ水駅」、地下鉄東京メトロ「神保町駅」
〈追記〉 2020.6.28
・山の上ホテルの公式ツイッターをさかのぼって読んでいたら、2019年12月1日に約半年間の休業後、リニューアル再オープンしていたとのニュースを発見。ロビーエリアとレストランが改修されたそう。
・全35室、都心では希少な独立系のクラシック・ホテルとして、文化人にも愛されてきた「山の上ホテル」。夫婦や家族の記念日をシックに祝うのにも、すごくいいホテルだと思う。