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【おとなげない童話・ん】7 うんちくん、オホーツク海へむかう

● 7 うんちくん、オホーツク海へむかう

 

 二人は冷たい海流にのって、オホーツク海をめざしていた。冷たい海のなかは、エサでいっぱいだった。

「ヒャッホー! これ旨っ、プランクトン最高!」

「あたし、このオキアミが好きだな。それと、イカも」 「おれはやっぱ、この大型プランクトンのカイアシだな。イワシもコリコリした歯ごたえがいいよね」

 自分はうんちくんなのになぜエサを食べているんだろうという疑問は、彼の脳裏には浮かばなかった。それほどエサの数も種類も豊富で、この海はまさに食べ放題の楽園だったし、食べれば食べる分だけ体がどんどん大きくなっていくのが楽しかったからだ。

 

 そんな狂熱のうたげのなか、不気味な音楽が広い海のなかに鳴りひびいた。

 ジャージャン♪ ジャージャン♪ ジャジャジャジャジャジャジャジャー🎶

 うんちくんとウンコちゃんは、これまでにないほど不安なきもちになった。

(この音楽って、もしかして……)

 そのとき遠くのほうから、大きな黒いかげが泳いでくるのが見えた。ゆらーり、ゆらーり、と体をクネクネさせながらこっちに向かってくる。

「うんちくん、あれなんだろう?」

「もの知りのウンコちゃんが知らないのに、おれがわかるはずないよ」

「でもさ、白と黒のもようがきれいで、なんかかわいくない?」

「そ、そうかな。おれはちょっと怖い感じがするんだけど……」

 その生き物がシャチだということを、彼らは知る由もなかった。

 シャチは非常に攻撃的、かつどう猛な海棲動物であり、あらゆる動物や魚をエサにする、海の生態系の頂点に立つ存在である。生態系のピラミッドになぞらえれば、シャチはまさに頂点に君臨し、彼らは最底辺にある土台の存在であることなど、もちろん理解していなかった。

 シャチは冷水を好み、世界中のさまざまな海に棲息している。魚からペンギン、アザラシやイルカ、大きなものではクジラやホッキョクグマさえも襲って食べることがある、すさまじくどう猛な生物なのだ。

 とても知能が高く、グループで狩りをすることでも知られる。流氷に乗ったアザラシを、数匹で並んで波をおこして氷の上からはじき落とし、海中で捕食する例も目撃されている。また、大きなクジラなどを襲う場合には、鯨の口の端の吻合部分に噛みつき、そこから徐々に傷口を大きく広げていくという、信じられないほど狡猾な方法により最終的にエサにしてしまう、というケースすら報告されている。

 これほど強くて残酷な天敵をまえに、うんちくんとウンコちゃんの命は風前のともし火だった。

 うんちくんとウンコちゃんを見つけたシャチは、少しずつ近づいてきた。しかし、なぜかまわりをウロウロするだけで、大きなするどいその歯で噛みついてこようとはしなかった。シャチはときどき首をかしげている。

「首をまげてるけど、あれってあいさつしてるのかな」

「いや、おれにはなにか迷ってるように見えるけど、どうしたのかな」

 シャチは本当に迷っていた。

(こいつら、本当にサカナなのか? 食べられるエサにはちょっと見えないんだけど……こいつら、いったい何もの?)

 そのとき、ウンコちゃんがシャチに声をかけた。

「こんにちは! あなたは、だぁれ?」

 無知というのは怖い。しかしときとして、その無知が強い武器となることもある。

 シャチは、泳ぐのをわすれるぐらいびっくりした。おとなの言葉でいえば、度肝を抜かれた。だってシャチは、この広い海のどこにいても一番強くて、どんな生き物でもエサにして食べてしまう、海の王さまなのだ。

 自分のすがたを見たら、ほとんどすべての生き物たちは、いちもくさんに逃げてしまう。

(もしかして、こいつらって、ものすごいバカ?)

 シャチは、お母さんからエサの狩りかたを教えてもらっていたときのことを思い出した。お母さんはいった。

「いいかい、バカな生き物を食べちゃいけないよ。わたしたちシャチは、すごくかしこいんだから。そのかしこさが、わたしたちシャチを海でいちばん強い動物にしているんだよ。バカな生き物を食べるとバカがうつるから、ぜったいに食べちゃダメ。わかったかい?」

 かしこいシャチは、母親の言いつけを忘れていなかった。

「ねえ、あなた、なんていう名前? わたしはウンコちゃんっていうの!」

 ダメだ、とシャチは思った。こいつらはきっとバカだ。食べたら、きっとうつる。だから食べないほうがいい。どうせさっきアザラシをたらふく食ったから、いまお腹いっぱいだし……。

 ウンコちゃんの言葉を無視して、シャチはゆっくりと泳ぎ去っていった。

 危機一髪の状況だったこと、まさに九死に一生を得たということに、彼らはまるで気づいていなかった。そう、まさに無知が武器となったのだ。

 

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