世界の裏庭

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【おとなげない童話・ん】6 うんちくん、いよいよ旅立ち

● 6 うんちくん、いよいよ旅立ち

 

 うんちくんは、いよいよ大海原へ旅立つことにした。武者ぶるいするような、身が引きしまるような緊張感だった。
「さあ、いよいよだ! すごく壮大な、自分がでっかく変わる旅になりそうな予感がするよ」
「そうかなあ。あたしはすごくキケンな旅になりそうな気がしてしょうがないんだけど」
 のっけから縁起でもないことを口にする彼女に、うんちくんはいやだなあと思った。こういうネガティブ・シンキングは、悪いできごとをどんどん引きよせてくるものだ。
 不安なときこそボジティブに。お母さんだったら、きっとそういってくれるはず−−。


 二人はそろそろと大海へ泳ぎだした。陸地がどんどん遠ざかっていって、やがて水平線のかなたへ消えた。いっきに心ぼそさがつのってくる。
 しかも、いま泳いでいるこの海は何十メートル、いや、もしかすると何百メートルも下まで底がないのだ。
 うんちくんは、尻のあたりがムズムズとかゆくなってくる感じがした。(おれはうんちくんなのに、尻ってあるのかな……?)。そんな哲学的とも思えるギモンがわいてくる。


 旅の出だしは順調だった。ウンコちゃんと抜いたり抜かれたりの、泳ぎっこも楽しかった。
 でも楽しい時間は長くはつづかなかった。最初の大きな変化がおきた。何ひとつ境目のなかった海のなかに、突如、白い壁のようなものがあらわれて、二人の前に立ちふさがったのだ。
「あれ何だろう?」
「うーん、あたしにもわかんないな。でもなんか、すごく不吉な感じがするよ」
「もうウンコちゃんたら、いつもそうやって悪いほう悪いほうに受けとって、ビビり屋なんだから。よーし、ここはおれが行ってたしかめてやる!」
 引き止めるウンコちゃんの制止をふりはらって、うんちくんはその白い壁に近づいていった。
 それは本当にでっかくて、いったいどこまで続いているのかさっぱりわからないほどだった。とにかく前の見えるはんいがぜんぶ白いのだ。
 もっと近づいてみると、色は白いというよりは、にごっている感じがした。何かの物体、たとえば大きな網とかじゃなかったので、うんちくんは安心した。
 じつはそこがどれほど過酷な場所なのかも知らず、ちょっとのぞいてみるか、ぐらいの軽いノリのまま、彼は壁の中へはいっていった。それが命とりになるとも知らずに−−。
 白い水のなかに全身がはいったとたん、うんちくんは(きもちいい)と思った。少しして、それが水があったかいからだとわかった。
(なんか、生ぬるくていいきもち……まるで温泉に入ってるみたいだ、入ったことないけど……あぁ極楽極楽……)
 彼の意識が、ふっと遠のいた。(やばい、おれ死ぬかも……)
 うすれゆく意識のなかで彼は観念した。(お母さん、約束を守れなくなりそうです……本能のままに行動しちゃったせいで、おれ、死にそう)


 ハッと気がついた。ウンコちゃんに思いっきり体を押されて、もとの透明な海のなかにもどっていた。
 やったー、おれ、助かった! 海面近くにうかびながら、ウンコちゃんはうんちくんのほっぺたを何度も叩いていた。

(おれのほっぺた? うんちのほっぺたって、どこにあるんだ?)
「やっと気がついたね、よかった」
「おれ、いったい……」
「あれは、あたしたちにとって魔の水だよ!」
「どういうこと?」
「あれはダンスイカイっていうの。暖かい水の塊と書いて暖水塊。さっきは必死だったけど、あたしも入ってみてわかった。あのあったかい水には、あたしたち気をつけなくちゃいけないんだよ」
「どうして? あそこに入ったとき、すごくきもちよかったけど」
「あたしたちの仲間は、冷たい水でしか生きられないんだ」
 我々〈うんち・ウンコ族〉は冷水性なのだと、彼女は教えてくれた。川の上流部の冷たい水で生まれ育つことで、身体も機能もその環境に適応している。これは自分たちの先祖が何十万、何百万年かけて獲得してきた進化の結果である。
 低水温という環境は、イコール溶存酸素量が多いという意味で、我々はそういう酸素の多い水の中でしか生きられない体なのだ、と彼女はいった。そしてあまり暖かい水温だと、体が溶け出してしまって、世界中の海が大変なことになるから……。
 ウンコちゃんは最後に、にっこりほほえんでこういった。
「とにかく生きててよかった。あなたに死なれたら、あたしどうしたらいいか……」
 うんちくんは、思いきり抱きしめてやりたくなった。でも、がまんした。 (だっておれたち、うんち・ウンコ族だもんな……)