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【おとなげない童話・ん】●14 うんちくん、故郷へかえれと本能がつげる

 

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(Photo by Pixabay)


●14 うんちくん、故郷へかえれと本能がつげる

 

 暑い夏だった。

 ふつうなら食欲の落ちる季節にもかかわらず、なぜか彼らの食欲はましてきた。おそろしいほどふえたプランクトンや、それを食べるためにあつまってきた、大小無数の生き物たちにまじって、食べに食べまくった。

 これほど毎日のように、満腹になるほどエサを食べたのは、久しぶりのことだった。

「あ〜食った食った。もうオレ、これ以上はムリ」

「お腹こわさないように。もう一人のからだじゃないんだから」

 ドキッとした。まるで新婚の夫婦みたいな会話だ。

「あれ?」

 ウンコちゃんが、びっくりしていった。

「うんちさん、なんかヘン。顔が変わってきたみたいに見える」

「顔が変わったって? 顔なんてそんな急に変化しないでしょう、ふつう」

「だから、ふつうじゃないぐらい変わってる。鼻というか口のあたりが、まがってとんがってきてるって感じ」

 鏡が見られないのが、つくづくもどかしい。でもさわってみると、たしかに鼻のあたりが前とはちがう感じがする。

「あっ! もしかして、あの嵐のときにけがしたのかな?」

「そうかもしれない、あんなひどい目にあったから」

 いまから十日ばかり前、うんちくんは空を飛んだ−−。

 

 その日は朝から雲が多くて、しかもまっ黒でぶあつそうな雲に、空がおおわれていた。前の日から風が強くて波も高かったから、うんちくんたちはもまれにもまれて大変だった。

「こんなふうに海のなかで、ゆれまくってるのは疲れる」

 ウンコちゃんは、ちょっとぐったりした感じでいった。

「ほんと。エサはどこかへ消えちゃったし、いつの間にか魚や鳥たちのすがたも見えなくなって。いまこの辺にいるのって、オレたちだけじゃない?」

「なんだかこわいね。なにか、よくないことが起きなければいいけど……」

 風はさらに強くなった。そのあとで、ふしぎなことに少しの間だけ風がやんだ。黒い雲にぽっかりと穴があいたみたいに、青空が見えていた。

「ほら見て、うんこさん。急に晴れてきたよ! よかったよかった」

「……嵐のまえの静けさ、とかだったりして」

 ウンコちゃんの予言は的中した。それは台風の目とよばれるもので、つかの間の休みにすぎなかった。

 直後、暴風雨がやってきた。うんちくんは、ウンコちゃんがとめるのも聞かずに、好奇心から海面に顔をだしてあたりのようすを眺めていた。そのとき奇妙な光景に目が釘づけになった。

 まっ黒な雲からスルスルスルっと、細長くて巨大な管のようなものが下りてきて、海面の近くでユラユラとゆれはじめた。なんだろうと思った次の瞬間、その細長いものが海とくっついた。

 ごう音がひびきわたった。

 すさまじい風が吹きつけ、見る見るうちにあたりの海水を空中に持ちあげはじめた。ヤバい、これが竜巻ってやつか! そう思ったときには、うんちくんはまわりの水ごと空中に浮かんでいたのだった。

 それからのことは、ほとんどおぼえていない。うんちくんの得意技、失神である。

 

 ただ、どのぐらいの高さだったのかはわからないが、回転する風にビュンビュン回されながら宙に浮かんでいたとき、一瞬だけ意識が戻った。

 信じられない光景が目の前にひろがっていた。同じように、数えきれないほどの魚やプランクトンの群れや、なぜかカエルまでもが、猛スピードでグルグルグルグル回転していた。

 ふたたび意識をうしなう直前、うんちくんは、はるか彼方で海がまるくなっているのを見た。そのずっとさきでは、オレンジ色の太陽が海を照らしていた。

(なんてきれいなんだ……)

 そしてまた、ブラックアウトした−−。

 

 海にプカプカ浮かんでいるところを、ウンコちゃんに叩きおこされた。

「だいじょうぶ? しっかりして、ほら、おきてってば!」

「だ、だいじょうぶ。もうおきてるから」

 ぐらんぐらんゆすられすぎて、そのせいで具合が悪くなりそうだ。

「オレ、どうしたんだろ。夢でも見てたのかな」

「なにをのんきなこといってるの。嵐の竜巻に巻きこまれて、空に飛ばされたんじゃない!」

 きれいなあの光景を思いだした。そうか、あれは夢なんかじゃなかったのか……。

「ってことはオレ、もしかして空を飛んだ? このオレのこのからだが、大空に羽ばたいたってこと?」

 しかるような目でにらんでいる彼女に、彼は空中から一瞬だけ見た、あの光景のことを話した。あんなにみじかい時間だけだったのに、いくらでもしゃべれる気がした。

 

 数日後−−。

 うんちくんの顔が変化してきたのは、嵐で空を飛んだせいではなかったが、きっかけの一つではあったのかもしれない。

 そのお告げは、なんの前ぶれもなく唐突に、彼のからだのまん中に降りてきた。しばらくそれをじっと噛みしめた。考えるのではなく、全身を使って感じていた。

 彼は、彼女にこういった。

「オレたちそろそろ、故郷に帰るときがやってきたみたいだ」

 彼女はまるでそのことを知っていたように、おどろくそぶりも見せず、一度だけしっかりとうなずいた。

「よし、帰ろう。本能のおもむくままに」

「うん。帰りましょう、わたしたちの故郷へ」

 

 風のなかに、かすかに秋の匂いがまじりはじめたころ、うんちくんとウンコちゃんは、海を西へとむかって旅立った。ふるさとへもどる長い旅だった。