世界の裏庭

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【おとなげない童話・ん】 ●12 うんちくん、友だちと出会う

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(Photo by Pixabay)

 

●12 うんちくん、友だちと出会う

 

 厳冬期には結氷することもあるベーリング海を脱し、二人はさらに東の海へと進んでいた。

 アラスカ海は北極に近い海域ではあるが、海流の関係で冬場でもエサとなる生き物が多いエリアである。

 旅の途中では、うれしい出会いがあった。うんちくんに新しい友だちができたのだ。

 けれども友だちになったきっかけは、うんちくんにとっては少々複雑なものだった。

 

 その日うんちくんとウンコちゃんは、大量のオキアミや魚たちといっしょに夢中でエサを食べていた。すると不思議なことに、海のなかがまっ白になってきた。エサを食べるのをやめて、うんちくんがいった。

「あれ? 水が白くなってきたぞ。これって、いつか見たのと同じやつかな?」

「でもあのときは、海のなかじゃなくて水面に白い泡がプカプカ浮かんでたけど、この白いのは海の下のほうからあがってきてるような……」

 それまではまだエサや魚が見えていたが、時間がたつとまるでまっ白な世界に変わり、何も見えなくなった。

「うんちくん? どこ、見えないよ!」

「ウンコちゃん、オレも何も見えない。離ればなれにならないように手をつないで……手?」

 それは白い泡だった。泡といっても波の華とはちがって、海中からわいてくる気泡だった。まるい円を描くように、いくつもの気泡が下のほうから上昇してくる。プランクトンも魚もうんちくんたちも、その空気の泡に押しあげられるように、海面近くまで集められてしまっていた。

 そのとき奇妙な音が聞こえてくる。何かをこすり合わせるような、何か歌っているような、そんな音だった。

 底のほうから何かがやってきた。えたいの知れない巨大なその何かは、すさまじいいきおいで上昇してくると、大きな空洞のなかへすべての生き物を吸いこんでいった。

 大量の海水や魚たちとともに、うんちくんもそのまっ暗な奈落の底へと落ちていった−−。

 

(大変だ!……これまで何回も危険な橋をわたってきたオレだけど、今度こそ本当にもうダメかも……ヤバい、気が遠くなってきた……もうろうとする意識のなかで彼は思った……せめて、ウンコちゃんだけでも助かってくれればいいんだけど……ブラックアウト)

 

 不思議なことに、うんちくんが気がついたときには、いつの間にか海中をただよっていた。まわりには誰もいなかった。

「どうしたんだ? いったい何が起きたっていうんだろう……」

 ひとり言をつぶやくと、わずか数メートル先からこちらを見ている目と目が合った。とても大きな目だった。

「きみは、誰?」

「わしか? わしはクジラだ。より正確にいえばザトウクジラだ。ガッハッハッハ!」

 自己紹介すると彼は豪快に笑った。海水からはげしい振動が伝わってきて、うんちくんは揺れまくった。

「すまんすまん、実はわしが他のエサとまとめて、お前までいっしょに飲みこんじまったのさ。いや、悪かった。このとおり謝るよ」

 クジラが頭を下げると海面が激しく揺れて、うんちくんはまた波にもみくちゃにされた。

「ということは、オレはきみのお腹のなかに入ったってこと?」

「そういうことになる」

「でもいまは、こうやって外にいるよ?」

「うんこをしたんだよ、わしが。だからお前は正真正銘、ウンコのうんちくんになったってわけさ。いわば、キング・オブ・ウンコだな。ガッハッハッハ!」

 彼は複雑な心境だった。キングと呼ばれても素直にはよろこべなかった。まだ謎が残っていたからだ。

「どうしてオレは、きみのお腹のなかで消化されなかったんだ?」

「決まってるだろ。だってきみは、うんちくんじゃないか」

 クジラはそういうと、大きくつぶらな瞳でじっと見つめた。

「わしらがエサを食べて消化するのは、栄養をとるためだ。いっぱい食べるからこんなに大きな身体になれる。だが、うんちは最初からウンコだ。はじめからウンコとして存在するものを、わしが消化できるわけないじゃないか。ガーッハッハッハ!」

 何がなんだか、彼にはもうさっぱりわけがわからない。

(……ということは、オレには栄養なんか全然ないってことか? だったらなぜオレはエサを食べてるんだろ?)

 そこで彼はインスピレーションをえた。

(ハッ!……もしかしてオレって、ウンコの究極の完成形としてのうんちくん?)

 つくづくおめでたい奴である。

 

 ザトウクジラは全長が15m前後とクジラ類では中型の部類に入るが、他と比べて特徴的なのが長い胸ビレだ。北半球や南半球の極地付近の海域にも生息し、冬になると赤道近くまで移動して繁殖、出産、子育てをする。歌うクジラとしても知られており、数分から30分にも及ぶ曲を歌う。メロディーを組み合わせたり、それを構成する句をくり返すなど、非常に複雑で高度なコミュニケーション手法を使う。

 また、バブルネットフィーディングという特殊で高度な技術を用いてエサを食べる習性も有名だ。数頭が回転しながら海中で気泡を吐き出し、その気泡をらせん状に浮上させることで魚などのエサを海面へと追いやり、大きな口でひと飲みにするのだ。とても知能の高い生き物ならではの漁といえる。

 

 彼は北の海からやってきて、これからあたたかい海へと移動する途中だった。地球規模の大移動をくり返すクジラから、これまで経験したいろんな話をたっぷり聞いた。

 妙な初対面だったが、クジラはとてもいい奴で、うんちくんは初めて友だちとよべる相手に出会えた気がした。

 クジラはこれから赤道近くの海に向かって、また長い旅をつづけなければと告げた。別れ際、うんちくんはたずねてみた。

「そんなに長い旅ばかりで、つらいと思うことはないの?」

 クジラは水平線に沈みつつある夕陽を見つめた。そして目を細めると、こういった。

「生きとし生けるものはすべて旅をしてるんだ。生きるってことは旅をつづけるということさ。そして最期はいつも旅の途上で、突然やってくる」

 悟りを開いたような言葉をつぶやくと、最後に彼はぼそりといった。

「母さんが、そういってた」

 もっと話を聞きたい、もっと話していたいと思ったのは、うんちくんにとって生まれて初めてのことだった。

 互いに名残りおしい気持ちをいだいたまま、ザトウクジラは南の海へと去っていった。

 

 

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