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【おとなげない童話・ん】●11 うんちくん、襲撃者に遭遇!

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(Photo by Pixabay)

 

●11 うんちくん、襲撃者に遭遇!

 海の水がさらに冷たくなってきた。

 南から吹いてくることが多かった風も、北や西の方向から、少しずつ強くなっていた。2人を震えあがらせるような水と風は、冬がもうすぐそこまで近づいていることを告げていた。

 うんちくんは、かじかんだ手に息をはきかけながらウンコちゃんに聞いた。

「寒いよね? もうすぐ冬だよね? オレたち、こんな寒い海にいるけど、大丈夫なんだよね?」

「そんなことわたしに聞かれても……うんちくんは広い海にでたら、あとは自分の本能にしたがって生きるようにって、お母さんにいわれたんでしょう。その本能とやらは、どうしろっていってるわけ?」

 ちょっとはすっぱな感じで、ウンコちゃんは聞き返した。うんちくんは困ったような顔でいった。

「それがさ、最近さっぱり本能が発動しなくて……」

「ヌルい生活をしすぎてるからじゃない?」

 痛いところをつかれた感じだ。たしかに、あたたかい季節がつづいていたし、エサだって食べきれないほどあったから、その日暮らしをしていても、なにも心配することなんてなかったのだ。

 でも、それはウンコちゃんだって同じじゃないかと、内心思った。だいいちオキアミとかイカとかを食べすぎて、便秘になったのはそっちじゃないか。

 

 ふと見ると、波のあいだに白いものが浮かんでいた。

「うわー、きれい! あの白い花みたいに見えるのは、なんだろう?」

 彼らの周囲で高くなってきた波が、うねりをともなってきて、波間に白い泡のような塊を作り出していた。波の華と呼ばれる自然現象だった。紅藻類カクレイト目の海草の別名でもあるが、日本では主に中部地方付近の海の岩場などに着生する植物である。

 しかし二人がいるのは北の海域であり、この冷たい海流のエリアに生息しているとはとても思えない。ここは北の海で厳寒期の頃に砕け散った波が、花のように舞い飛ぶようすを表す、たとえとしての「波の華」と考えたほうがよさそうだった。

 ぼんやりと波の華を眺めていたとき、唐突にうんちくんの中にあるモーレツな衝動が動き出した。

「ウンコちゃん、オレたちはここにいちゃダメだ!」

「どうしたの急に。別にここでいいじゃん、食べ物はいっぱいあるし、水の温度だってちょうどいい感じだし」

 うんちくんは、みずからの心の声に耳を澄ませた。

 それが、久しぶりにはたらきはじめた本能なのかはわからなかったが、明らかに心はざわついていた。じっとしていられないほどだった。

「これから本格的な冬がやってくるんだ。このベーリング海は、特に寒い冬には結氷することもある。そうなったら身動きがとれなくなるし、エサだって食べられなくなる」

「どうしてそんなことが……あっ! もしかして、本能が故郷へ戻れっていってるとか?」

「いや、まだ戻れないよ。まだそのときはきてないんだ。そうじゃなくて、もっと先へ進めって誰かにいわれてる気がする」

「もっと先っていうと、また故郷からはなれてしまうって意味? なんだかわたし、心ぼそくなってきちゃったな」

 心配そうな彼女をはげましながら、さらに先の海をめざすことになった。

 

 久しぶりの長旅だった。最初こそはりきっていたものの、すっかり疲れきったうんちくんは、水面近くでウトウトと惰眠をむさぼっていた。

 そのとき、はるか上空でおおきな黒い影が旋回していたことに、彼らは気づくよしもなかった。

 その大きな影は、突如急降下をはじめた。驚くほどのスピードで、その影は海面にただよううんちくんに迫っていた。

 バッシャーン!!

 大きな水しぶきがあがった。大きな影は、ふたたび空へ舞いあがっていった。太い脚の先についた鋭いかぎ爪に、何かが付着していた。

 

 数秒前に巻き戻して見てみよう。スローモーション再生で−−。

 異変に気づいたウンコちゃんが、上を見る。びっくりしたウンコちゃんだったが、反射的にうんちくんへの体当たりをかます。次の瞬間、鋭いかぎ爪が海面に突き刺さった。

 彼女がすんでのところで、ぶつかってくれたことで、彼は紙一重で助かったのだった。

「痛っ!」

 うんちくんは顔をゆがめた。背中(?)のあたりがズキズキと痛んだ。

「爪で切り裂かれたんだよ」

「爪? どう、傷は深いかな?」

「ううん、傷は浅いから大丈夫。でも、捕まらなくてよかった。捕まってたら食べられてたかも」

「あいつ、いったいなんなんだ?」

「たぶん、オジロワシっていう大きな鳥じゃないかな」

 いつか国際交流を楽しんだとき、アラスカ生まれのサカナの彼が、このへんでオジロワシに食われるやつが多いから気をつけろ、そう教えてくれたそうだ。

 オジロワシは尾白鷲と書くとおり、褐色の体と白い尾を持つ猛禽類の仲間である。全長は90cmにもなり、羽を広げたときの長さは2mにもなるという大型の猛禽類の仲間で、大きな魚や水鳥、ときに海生哺乳類を襲うことさえある。北海道北部や東部に冬鳥として飛来し、天然記念物に指定されている。

 オジロワシのエサになることから、かろうじて逃れたうんちくんだったが、背中(?)の傷はなかなか治らなかった。