世界の裏庭

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『その男、椎名』第7章(完結)

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【最終章】

 

   ●七人目

 

 場所/警視庁本庁第七取調室 被インタビュー者/椎名

 

 男はICレコーダーのスイッチを押していった。

「私は係官の九条。録音させてもらうが、いいな」

 椎名は頷いて答えた。

「まさか、私のほうがインタビューされる羽目になるとは思いもよりませんでした」

「ふざけてるのか? これはインタビューなんかじゃない、れっきとした事情聴取だ。それにこうなることを予測もできないのでは、想像力の欠如もはなはだしいといわざるを得ないぞ」

 気まずくなり、椎名は指で眉をコリコリと掻いた。九条は手元に置かれた数枚の資料をパラパラとめくった。既に何度も読み込んで内容はしっかり頭に入っているが、切り出すタイミングを計っているように見えた。

「最初に何故こんなことをしたのか、しようと思ったのか、そこから話してくれ」

「興味があったから、でしょうか」

「他にも重大事件はいくらでもある。あの事件だけに興味を持った、その理由は何だ」

 椎名はしばし考えた。理由を答えあぐねたからではない。本当の理由を、いまここで正直に話すべきか迷ったからだった。

「犯人がまだ捕まっていない、不可解な部分の多い事件に思えたからです。だから自分の力で事件の真相に迫り、自分の手で犯人まで辿り着いてみたい。そんな欲求に駆られたから」

 九条は意外だという表情を浮かべた。

「そんな理由じゃ駄目でしょうか」

「駄目かどうかを判断するのは私じゃない。もっと上のほうにいる人たちだ。私の仕事は、きみの言い分を余すところなく訊き出し、記録することだ。さて、次は身許、というか職業詐称についてだ。〈インタビュアー〉、〈探偵〉、〈新聞記者〉……ずいぶんといろんな職業を名乗っていたらしいじゃないか。中でも一番たちが悪いのがこれだ。〈非番の刑事〉。こんなことをしたら後々、面倒で厄介なことになると想像できなかったのか」

「想像力が著しく欠如してるんです」

 彼はちらと顔を上げると、椎名に冷たい視線を投げてきた。

「どうして偽の身分を騙った」

「インタビューする相手のタイプというか、仕事や立場に合わせて最も話が訊き出しやすそうな職業を選んだつもりでした。これが詐称にあたることは、もちろんわかっていました。しかし結果的には、私の言い分もあながち間違ってはいないという気もしますけど、いかがでしょうか」

 九条は小さく鼻を鳴らした。呆れているのか、小馬鹿にしているのか、それとも微かな同意のつもりなのかは不明だった。

「第一発見者を真っ先に疑えという捜査のセオリーは、今回の事件に限っては役に立ちませんでした。今後は新たなセオリーが必要になるかもしれません」

「持って回った言い方はやめろ。全ての事件の犯人が第一発見者だったら、警察としてそんなに楽なことはないだろうが」

 九条は顔をしかめていった。彼は指を伸ばしてレコーダーのスイッチをオフにすると、こうつづけた。

「雑談でもしようじゃねえか」

「非公式の雑談ですか」

「そうだ。聴取とは別に個人的に興味が湧いたことがある。だいいちお前さん、何故プライベートの時間を使ってあんなことをしようと思ったんだい」

 録音が止まったとたん口調が砕けた。

「不謹慎を承知の上でいわせてもらえれば、単純に面白そうだなと思いました」

「あぁ、そりゃ確かに物言えぬ被害者の立場からすれば、不謹慎の極みってやつだろうな。自分はもうこの世にいないのに、その犯人を捜す目的が面白そう、じゃ」

「不謹慎ついでにもう一ついうと、犯人捜しもそうですが、事件発生から発見までの約二日間、珍しい大雪のせいで遺体が隠されていたっていう、その非常に希有な状況に個人的にとても強く惹かれたこともありました」

 椎名は身を乗り出してつづけた。身体の芯のほうが熱くなってくるのを感じた。

「遺体は冷凍保存されていました。死亡推定時刻はもちろん、日にちさえも完全には絞りきれないという状況。胃の内容物の消化状態から推定するにしても、倒れた身体に降り積もった雪の状態だって詳しくはわからないでしょうから、正確に割り出すことも難しい。そうなれば当然、複数の被疑者がリストアップされたとしても、アリバイの有無で黒と白に振り分けることだって困難になるでしょう。さらには二日間もあれば、犯人にはさまざまな隠蔽工作が可能になるはずです。事件を解決するには二重三重の壁を超えていかなくちゃいけない。燃えてきませんか?」

「お前さん、ちょっと変わってんな。けど、そんなタイプだからこそ、こんな妙なことをしでかしたんだなってのが、腑に落ちるっちゃ落ちるが」

 九条が唇の端をゆがめた。それが彼なりの微笑だとわかるまで少し時間がかかった。彼は再び指を伸ばすとスイッチをオンにした。

「さあ、事情聴取を再開しようじゃないか。きみは事件に興味が湧き、個人的に調べてみようと考えた。それはわかった。捜査本部で持っていた情報などほとんどしらなかったはずのきみには、取っかかりというものがなかったはずだ。具体的に行動を起こすきっかけになった出来事、何かそういうものがあったのか」

「ある人物の名前を明かさなくていいという前提でなら、お話します。その人に迷惑がかかるのは避けたいんです」

 九条は腕組みをすると背もたれに寄りかかった。ギギッと椅子が軋んだ。会話は録音されている。当然、彼の発言もいずれは第三者が聞くことになるだろう。その際、自分の身に及ぶ影響について想像しているのかもしれなかった。

 もちろんそうだろう。やはり想像力は必要だ。

「確約はできないが」彼は重々しく口を開いた。「もしそれが可能なのであればその方向で善処したいとは思う」

 途端に官僚的なものの言い方に変わった。

「さあ話してくれ」

「ある人物、仮にAとしましょう。Aは私と顔見知りですが、あるとき雑談していて妙なことをいいました。実は、結果的にAは犯人とも知り合いだったんです。私とAとは外で会うことはありませんが、犯人とAはたまに店で飲む程度には親しい間柄だといいました。Aはある晩、突然犯人から電話が入って、これから飲まないかと誘われました。独身のAは二つ返事で承諾して、居酒屋で二人で飲んだといいます。それが、大雪が降りはじめた日の夜のことです」

 椎名が言葉を切ると、九条はじっと見つめてきた。組んでいた腕をほどくとやや前屈みになっていった。

「その大雪の日というのは、例の犯行が行われたと推定される二日間の一日目のことだな?」

 椎名は頷いた。

「Aはこういったんです。こんな大雪の日にとは思ったものの、それも面白そうだ、と。そして彼は、そういえばそいつは手を怪我していたともいいました。利き手の左手です。それが、私が調べてみようと決心したきっかけでした」

「そのAという男の証言は信用できるんだろうな」

「もしAの言葉が信用できないのだとしたら、九条さん、あなたの言葉も信じられないという理屈になります」

 九条は眉間に深いしわを刻んで何事か考え込んでいた。やがて、何も告げずにレコーダーのポーズボタンを押すと、訝しげな口調でいった。

「もしかしてお前さんはこういいたいのか? つまりAは私たちと同じ組織の、警察内部の人間だと」

 椎名はゆっくり、そして顎を引くようにして深く頷いた。Aは本庁勤務の警察官だと告げようかと考え、結局やめた。いずれ身許はばれるにせよ、それまでの時間が長いにこしたことはない。

「参ったな。まさかこんなことになるとは」

 九条は俯いていた顔をあげると、はっとした表情に変わった。

「待てよ。Aは犯人と親しい間柄だといったな? まさかその犯人というのは」

 椎名はゆっくりと十数えるぐらいの間をとってから、仕方なく告白した。

「警察官です、残念ながら。こんな結末になってほしくはないと願いながら私も調べていたんですが。本当に無念です」

「お前が目星をつけたという、その容疑者は誰だ」

「沢崎孝介、二十六才。地域課の交番勤務、階級は巡査。妻と小さな子どもがいます」

 九条は両手で頭を抱えた。比喩ではなく本当にその仕草をして、それから苦痛を少しでも和らげようとするかのように、手でこめかみを挟んで揉んだ。

「なんてことだ。ただでさえこのところ不祥事つづきだというのに、最後にとんでもない爆弾が飛び出してくるとは……まずい、まずいぞ! こんなことを上層部に報告したら間違いなく大騒動じゃないか」

 九条は仕方ないと呟くと、レコーダーのポーズを解除した。録音が再開された。

「証人Aとはどういう人物だ」

「それはまだいえません」

「きみは犯人にも見当がついているんだな」

 はいと答えてから、さっきの沢崎の簡単なプロフィールを繰り返した。

「きみはどういう理由でその沢崎という巡査を容疑者と考えたんだ」

「強固なアリバイと、二つのブックマッチです。沢崎は私のインタビューの中で、強固なアリバイがあるといいました。それは交番の当番だったからです。十二月二十四日夜から降り出した雪は、二十六日夕方まで降りつづいて都内は大混乱でした。積もった雪の下にあった岸田花穂さんの遺体は、丸二日間発見されなかったわけです。つまり、あの時点で犯行日時ははっきりと特定されていませんでした」

 椎名が間を取ると、彼は焦れたようにいった。

「つづけてくれ」

「沢崎は勤務中で強固なアリバイがあるといいましたが、それは二十四日の夜から翌朝にかけてのものです。私が疑問を持ったのはこのアリバイそのものではありません。彼がアリバイを主張したということは、二十四日夜から翌二十五日の昼までの間に、犯行が行われた事実を知っていることになるんじゃないか。そんな疑念が浮かんだのです。この事実から推測できることは何だ? と考えました。一つは、何らかの理由で沢崎が誰かに死亡推定日時を知らされたこと。しかし捜査本部でもまだ絞り切れていない。となると、もう一つの可能性を考えざるを得なくなります。沢崎自身が犯行現場にいたケース、つまり彼が「真犯人」である可能性です」

 九条の目は真剣そのもので、その迫力は怒気に近いほどだった。さすがに切れ者として知られる刑事だ。低く抑えた声で彼が訊いた。

「二つのブックマッチのほうは?」

「犯人が犯行現場に戻ったのは証拠隠滅のためと考えるのが普通です。でももしかすると、証拠の品を置いてくるためだったんじゃないかと考えました」

 漆原が寺社に石を置いてくるエピソードを聞いたことがきっかけだった。

「犯人は花穂さんとバーのオーナーである堂園氏との過去を何かで知った。その昔の恋人に罪をなすり付けようと考えたのだと思いますが、犯行現場にブックマッチを置いてきた」

「バーから持ち帰ったマッチを犯行現場に置いてきた、そういう意味か」

 椎名は首を傾けて考えた。まだ自分の中で確証を◯むに至っていなかった。

「堂園は何年か前に、足繁く店にきていた若い男がいたと話してました。その少し後で花穂さんと別れたといいました。もしもそれが沢崎だったら、と仮定してみたんです。沢崎と付き合うようになった花穂さんが、何かの拍子に堂園氏とのことを話し、犯行後にそれを思い出したとしたら……」

 目まぐるしく思考を巡らせるときの癖なのか、彼は机をとんとん、とんとんと指で叩いている。

「それともう一つあります」

 机を叩く音が止まった。

「最初に沢崎と会った際、彼が禁煙しはじめたばかりだったと気づきました」

 それがどうしたという顔つきで九条はじっと見つめてくる。

「沢崎も容疑者の一人じゃないかと思いついた後、彼の同僚に電話してみたんです。沢崎が禁煙をはじめた時期について尋ねると、年の瀬も押し迫った十二月中旬頃のことだったと答えました」

 九条の瞳に驚きの色が走った。

「……事件の直前、か」

「これから子どもが大きくなるし、家族の将来のことも考えて禁煙を来年の目標にした、そう話していたそうです。そこに私が違和感を覚えたのが小さな疑いを持ったきっかけでした。というのも、私が話してたときも電話での奥さんとの会話からも、そこまで家族想いの夫や父親とは思えなかったからです」

「電話を盗み聞きしたわけか」

 はい、と小声で答えると、九条は満足そうに笑った。

「やるじゃないか。で?」

「これは憶測に過ぎませんが、もしかすると沢崎はブックマッチと自分の喫煙との関連性を消そうとしたんじゃないか。このブックマッチとの関連で、捜査対象者に喫煙という項目が加わるかもしれない。そうなった場合、万が一にも自分の喫煙が連想で結びつかないように、念には念を入れて禁煙したんじゃないかと考えたんです」

「確かその沢崎という巡査は被害者と関係があったな。これで要素一つ。煙草を吸っていたとすれば要素は二つ目。組織内部の人間ではあっても容疑者の一人に浮上する可能性はなくはないか」

 頷いてから椎名はいった。

「リストに自分の名前が載らないように禁煙した可能性は消し去れない。同僚の話を訊いた後でそう思いました。仮にこれを事実だとした場合、犯行の以前に禁煙をはじめたということは、あれが突発的に起きた事件などではなく……」

「犯行に計画性があったことを示唆する裏付けとなり得る」

 ぎょろりと目を剥き出していうので、椎名は目で会釈した。

「お察しの通りです」

「その沢崎という巡査は自白したのか」

「いえ、その後私は会っておりません。ですからそれを九条さんを通じてお願いしたいと思っております」

 九条は再度頭を抱えた。

 

     †

 

 部屋に入ってくるなり、九条は怒りを抑えているような声でいった。

「私はこんなに不機嫌だというのに、お前さんはずいぶんご機嫌そうじゃないか」

「とんでもありません。でも、やっと事件は解決したようですね」

 椎名がそういうと、煎じた生薬の胃薬を飲んだような顔つきで答える。

「事件は解決しても、組織としての問題は何ひとつ決着してはいない」

「今日はレコーダーは使わなくていいんですか」

「そんなものは必要ない。お前さんの発言をいまさら記録として残すことには、これっぱかりの意味もない」

 彼は小指の先っちょを親指で示すとそう吐き捨てた。

「そうですか……まあそうでしょうね。それで私には何かお咎めはあるんでしょうか?」

「現時点までには、とりあえず何のお沙汰もない。それどこじゃないのは知ってるだろう」

 ほっと胸を撫でおろそうとしたとき、彼はにらみつけるようにして宣告する。

「だからといって無罪放免ということにはならんぞ。真犯人が現役警察官だと判明したことで、いま上層部はてんやわんやだ。マスコミや国民からの突き上げをくらって、蜂の巣をつついたような大騒ぎになってるのはお前さんも知ってるだろう? それが落ち着いた頃には、多分お前さんに対する何らかの処分が下るに違いない。私はそう確信してる」

「でもお言葉ですが、事件解決の端緒を開いたのは私で、自分でいうのもおかしいですけど、それなりに貢献したといいますか、あくまでそれなりではありますが、若干の功績はあったかと……」

「自分の手柄みたいに自慢するんじゃない!」

 よほど虫の居所が悪いのか、もの凄い剣幕で怒鳴りつける。それから、いやそうじゃないなと思い直す。多分上層部から、油が無くなるほどこってり絞られたに違いない。

 もちろん今回の事件と解決までの経緯は九条の責任ではない。だが不祥事が起きれば必ず誰かが矢面に立って叱責されるのは、ある意味組織としては仕方ない部分もある。組織に問題が起きれば生け贄が必要だ。

「事件解決の端緒を開いたのもお前さんなら、この大騒動の端緒を開いたのもお前さんだ」

 この言葉が半分言い掛かりのようなものだということは、九条自身がわかっているはずだった。それほど精神的に追い詰められているのに違いない。

 同情する気持ちがないではないが、自分だってと椎名は考える。かなり変則的なかたちだったにせよ、ひとつの重大事件を解決に導いのは間違いないのだ。

 背筋を伸ばして手を組み、改まって椎名はいった。

「多少教えていただきたいことがあるんですが、よろしいでしょうか」

「いまさらお前が何を訊きたいというんだ」

「沢崎は自白したんですね」

 椅子の背もたれに身体を預け、天井を見据えたまま九条は頷いた。

「動機は?」

 ちらと椎名に視線をよこし、それからこう吐き捨てた。

「口にしたくもないが不倫の清算だとよ。結婚して妻子がいるのを隠して花穂さんと付き合ってた沢崎が、イブの夜に詰め寄られて刃物で……」

 一瞬怒りが吹き上がりそうになった。が、辛うじてこらえた。

「くだらない動機です」

「こんな事件を起こすやつの動機なんて、大概くだらないもんだ。全くへどが出る」

「凶器は?」

「供述通りの場所で見つかった。なまじっか捜査の知識があるもんだから、わざわざ隣県の海までいって捨ててやがったよ。手の怪我の件も証人のいう通りだった」

「ブックマッチは?」

 彼は不意に机から身を乗り出すと、脅すような口調でいった。

「おい、俺を尋問してるつもりか」

「そんな、滅相もありません」

 背もたれがぎいっと軋んだ。

「バーでもらってきたマッチをアルコールできれいに拭いて、害翌日の夜に現場の雪の下に埋め込んだと白状した」

 沢崎の禁煙の動機が気になっていたが、こちらからは言い出しにくかった。すると椎名の心を読んだかのように九条がいった。

「計画的犯行かどうかが気になってるのか?」

「図星です」

「犯行と自分が結びつかないように必死に禁煙した。これも当たりだ。見事推理が的中してうれしいか?」

 うれしくなどなかった。人が一人亡くなり、その犯人は捕まり、事件も解決を見た。

 これで被害者も成仏してくれるだろうかと自分に言い聞かせてみる。心の重荷が多少減りはするが、心のうろが消え去ることはない。徒労感は拭えない。

 九条は頭の後ろで手を組むと、虚空を眺めながら独り言のようにいった。

「皮肉なもんだ。沢崎のやつ、ゆくゆくは刑事になりたかったんだとよ」

 ちらとこちらを見る。ぎいっと椅子が軋んだ。

「事件が解決して犯人が警官だと広く知られることと、未解決のまま犯人が今も警官としてのうのうと勤務しているのと、どっちがいいかといわれればそりゃ前者に決まってる。そんなことはいうまでもない。まあ、とにかく」

 机に手をつくと勢いよく立ち上がる。

「いずれまた呼び出されるのは覚悟しておいたほうがいい。次は私ではなく別の者から連絡があると思うが、その人物が誰になるかは知らないがな、間違いなく私ほどやさしくはないぞ。首を洗って待つんだな」

 やくざの捨て台詞さながらに言い放つと、こちらに背を向けてドアノブに手をかけた。

 数秒の間が空いた後、彼は振り返らずにつづけた。

「椎名、お前さんの行いは決して褒められたもんじゃないとは思う。単なるスタンドプレーだ。だが組織の人間としてではなく、あくまで一個人の意見を述べれば、身勝手で自己満足的な振る舞いのその帰結として、ひとつの重大事件が解決したのもまた事実。その一点だけからいえば……」

 たっぷりためて彼はいった。

「よくやった」

 思いもよらぬねぎらいの言葉に当惑していると、彼が尋ねてきた。

「そういえば、お前さんがいってた捜査の新たなセオリーってのは何だ?」

 椎名は机の上で両手を組み、決め台詞めかして答えた。

「現場に最初に駆けつけた警官を疑え」

 九条はやれやれという感じで首を振った。そして背中がドアの向こうへ消える寸前、こう告げた。

「次はぜひ、非番じゃない日に事件を解決してくれ。椎名巡査長」

 

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