世界の裏庭

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『その男、椎名』第6章-3

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「多分、そんな感じではなかったと思う。椎名さんが知ってるかどうかわからないけど、彼女、どちらかといえば引っ込み思案だったから」

「昔会社で一緒だった同僚の女性も同じようなことをいってました。誰とでも気軽に喋れるタイプじゃないけど、でも男には人気があったと」

「そうそう、そんな感じ」

 堂園はグラスを持った手で器用に椎名を指さした。喋り方といい仕草といい、彼が少し打ち解けてきた感触がある。

「例えると、花穂のいる場所だけ空間が歪んで凹んでて、その傾斜に沿ってゆっくりと自然に転がり落ちていくというか」

「もしかして堂園さんは宇宙好きですか」

「ええ、子どもの頃から大好きですね」

「いまの説明で宇宙空間の重力を表すイメージ図を連想しました。僕も昔から興味があるほうで」

 へえ、というと子どもみたいな笑みを浮かべてうれしそうに彼はひと口飲んだ。

「僕と椎名さんの間に共通点なんかなさそうだって、いまのいままで思ってたんだけど、意外なところで興味の方向が合うとは」

 椎名もひと口付き合って、それからいった。

「得体の知れない宇宙という存在が、論理とか数式なんていう人間が考え出したもので、ちょっとずつちょっとずつその秘密のベールを剥がされていく。わくわくします」

 二人はしばし、互いの脳裏に浮かぶ小宇宙に没入してグラスを傾けた。

「私の仕事は、いつも人間の裏側ばかりほじくり出すような仕事です。だから掴みどころがないぐらい壮大な宇宙のことを考えると、少しは気持ちもすっきりします」

 自嘲気味に椎名はいった。汗をかいたグラスをそっと指でなぞって話を戻した。

「それで、強い重力場を持つ花穂さんの周りに人が集まってきたわけですね」

「そう、惑星とか彗星なんかが。主には男ばっかりだったけど」

「ライバルが多い中で、堂園さんが花穂さんに選ばれた理由は何だったんですか」

 彼は少し照れ笑いして鼻をこすった。

「僕が選ばれたというより、この店を選んでくれたんじゃないかな」

「店?」

「そのオフ会で、僕以外の男たちは彼女に積極的だったんですが、僕もこう見えて実は結構人見知りなんですよ。でも何かの話題から店をやってるっていったら、彼女がそこにすごく興味を持ったみたいで」

「バーのオーナーである堂園さんに、花穂さんは食いついてきた」

「花穂が日本酒好きなことはもちろん知ってるわけだから、地酒も裏メニューで置いてますよってそっと耳打ちして。そうしたら彼女が場所を教えてほしいっていってきたんです。もちろんその会ではほとんどの人たちが連絡先を交換し合ってたから、僕と花穂だけが特別ってわけじゃなかったけど」

「その後、花穂さんから連絡があったと」

 堂園は首を横に振るとグラスの残りを飲み干した。

「いや、ある夜突然店にやってきたんです。連絡もなしで急に。自慢話みたいに聞こえるかもしれないけど、うちの店は結構いい常連客が付いてるから日によって波がないほうなんです。けど、花穂が初めてきたあの夜は本当に珍しいほど暇な夜だった。まさか来てくれるなんてこれっぽっちも期待してない彼女が来たもんだから、うれしくてついついいっぱい話し込んじゃったわけです」

「ついでに裏メニューの地酒も奮発して?」

 彼は俯いてくつくつと忍び笑いを洩らした。

「とっておきの地酒をね」

「良かったらそのとっておきの地酒の銘柄、教えてもらえませんか。僕もいつか女性を口説くときの参考にしたいんで」

「楯野川」

 彼は即答した。

山形県にある小さな蔵の地酒です。香りが良くて旨味があって、上品な酸味が少しある旨い酒です。彼女と付き合ってた頃はあの銘柄にはまってて」

「今度ネットで探して注文してみます」

 彼は微かにうなずいた。

 

 

 一拍間をおいて椎名は確認した。

「それがきっかけでお二人の交際がはじまったわけですか」

「まあ、そんなところです」

 堂園が空になった自分のグラスを指して促してきたので、椎名は会釈してグラスを彼のほうへ押しやった。手早く二杯目を作るとグラスを滑らせてよこす。

「付き合っていた期間はどれぐらいでしたか」

「たぶん二年ぐらいじゃないかな」

「別れた直接的なきっかけみたいなものはあったんですか」

「原因を彼女に押しつけるわけじゃないけど、花穂のほうから徐々に距離を置くようになっていったんです。これ、嘘じゃないですよ。彼女の気持ちが僕から離れていったんだと思う」

 アルコールが入ったせいか、突っ込んだ質問にも嫌な顔ひとつ見せず答えた。

「別れる少し前ぐらいか、うちの店にたまに来る男の客がいて、何度か顔を合わせるうちに花穂と言葉を交わすようになりました。もちろん僕と彼女が付き合ってるなんて客は誰も知らないから、最初は男のほうから花穂にアプローチしたのかもしれない」

「堂園さんは黙ってそれを見てたわけですか」

 苦笑いして酒を口に含む。

「実はその男が店に来るようになる前から、僕たちの仲はちょっとおかしくなってました。これは推測だけど、いつまでたっても結婚の話を出そうとしない僕に対して、彼女は愛想を尽かしかけてたのかもしれない。そう感じることもあったから」

「花穂さんのほうからも結婚の話は出なかったといいましたね」

「彼女が口に出していったことはなかった。でも一年や二年付き合ってると、何となく感じることがあるじゃないですか、ああこの女は結婚したがってるなって」

「後学のために教えてほしいんですが、それはどんなことから?」

「例えば、街を歩いてたりどこかの店で食事してたりするときなんかに、小さな子どもを見かけて花穂が可愛いといってうれしそうに笑ったり。彼女は子どもを欲しがってるのかなって、そんなことを考えたことは何度かありました」

「でも、堂園さんにはその気はなかった」

 真面目な顔で頷く。

「さっきもいったように、一度失敗してるから他人と一緒に暮らせないことは充分すぎるほどわかってます。ずるいというか卑怯なんでしょうね、僕という男は」

 沈黙が降りて、しばし互いにグラスを傾けた。

「ところで、花穂さんと話すようになったという客の男性ですが、どういう人物か堂園さんは知ってたんですか」

「いえ、知りません」

「どんな仕事をしてる人かとかも?」

 首をかしげてからいう。

「さあ、僕はあまりそういうことは詮索しないことにしてるから。うちみたいな店では客のほうから話してくれない限り、こちらから立ち入ったことを訊くようなことはありません。仕事のことでもプライベートなことでも」

「でも職業柄、客の仕事の見当はつくんじゃないですか」

「どんな関係かというのはある程度見当がつきますが、でもそれは相手が教えてくれない限り確かめようもないですからね。普通の会社勤めだといってましたけど、ただ憶えてるのはわざわざうちの店を探してきてくれたってことです」

「寡聞にして知りませんが、もしかして堂園さんの店は斯界では有名とか?」

 堂園は片手を腰にあてて片手をカウンターに置き、わざと気取ったポーズをつくっていった。

「また自慢話をするようで気が引けますが、まあ知る人ぞ知る店ではあります。酒、特に洋酒やカクテルにうるさい人たちの間では」

 椎名はノートに客の男性のことを書き込み黒丸で印を付けた。残りのハイボールを飲み干してから訊いた。

「その男のことは警察には?」

 彼はゆっくりと首を横に振った。

「事情聴取では、僕と彼女が付き合うようになった経緯から別れるまでのことは繰り返し聞かれましたけど、その後のことについてはさほど突っ込んでは訊かれませんでしたから。実際、別れてから会ったのは最後の一度きりだし。いま話したその客と花穂のことだって、いってみれば単なる僕の憶測に過ぎない。それに、訊かれもしない自分の話を進んでぺらぺら喋るほどお人好しじゃないですよ。決して警察から優しくて友好的な扱いをされてたわけでもなかったしね」

「念のための確認ですが、その男の連絡先なんかは知らないでしょうね」

 頷いてから答える。

「僕から訊くことはしないし、向こうも教えませんでした」

 椎名は少しの間考えた。

「もし私がこれからその男を捜すとして、何か小さなとっかかりで構わないので憶えていることはありませんか。どんな些細なことでも構わないので」

 堂園は意外だというように目を見張っていった。

「椎名さんがあの男を捜す? なぜです」

「その男にも容疑者としての資格があると思うからです」

 彼は突然身を固くした。言葉を失っているようにも見えた。

「少なくとも、真犯人の可能性がある容疑者リストに名を載せるぐらいはすべきだと思います、個人的には。もし私が捜査に直接関わる立場なら絶対にそうします。そして堂園さん、犯人候補が増えるということはそれだけあなたにかかる嫌疑の分量は減ることにもなる」

 堂園は口許に手をあててしばらく考えていた。やがて顔をあげると憂いが薄れた顔でひとり言のように呟いた。

「そうか。もしあの男について何か情報がわかったとしたら、僕を真犯人と踏んで捜査してる警察の目も一気にそっちへ向けられるってことか」

「たぶん。だからといって、堂園さんに向けられる疑惑が完全に晴れるということにはならないと思いますが」

「話を聞けば聞くほど、どうにかしてあの男に関することを警察に教えたくなるけど、残念ながら僕はほとんど何も知らない」

 人の記憶は曖昧なものだ。しかし面白いことに、ほんの小さなきっかけで沈んでいた底からふっと浮上してくることがある。そのきっかけとなりそうなものはがないか、あるとしたら何なのか椎名は思いを巡らせた。

「背格好とか顔の特徴とか、外見的な特徴で憶えてることはありませんか」

 片手で肘を押さえ、その手を顎にあてて堂園は少し考えた。

「それがね、どうもはっきりしなくて。ひと言でいえるほど見た目での特徴というのはなかった気がします。そもそも、もう顔立ちもうっすらとしか思い浮かばなくて」

「それじゃ仕事の愚痴とか、会社の出来事とかを洩らしたこと……」

「あっ、そうだ!」

 彼の顔がぱっと輝いた。

「そういえば最後に顔を出したとき、会社で人事異動があって当分は来られなくなるっていってたはずだ。確か、次に配属される場所からこの店までわざわざ来ようとすると、電車の乗り継ぎがすごく面倒だってすごく残念がってた」

「ということは、少なくとも都内の二ヵ所以上に支店や営業所などの勤務先がある会社、ということですか」

 彼は真剣な面持ちで頷いた。ある程度大きな規模の組織と推測できた。とはいえ、そんな条件にあてはまる会社はごまんとある。

 背筋を伸ばして両手を組み、椎名は居住まいを正していった。

「犯行日時がはっきり特定できない、未だに犯人も逮捕されていない。この不可解な事件の謎に迫りたい、そんな衝動が私の中にあります。そしていま、解決の糸を手繰り寄せつつある手応えがあります」

「ありがたい」

 堂園は深々と頭を下げた。

「僕は花穂の家族じゃなかったけど、関係者の一人です。その立場からお礼をいわせてください。ああ、そういえば」

 彼はそこで片手を頭にあてた。

「大事なことを訊き忘れてた。椎名さんがこうして動いてるのは、やはり花穂の家族から依頼されてのことですか」

「仮にそうだったとしても、我々の仕事には守秘義務があるのでお答えできかねます」

 椎名はそこであえて間をとってからつづけた。

「でも、せっかく堂園さんから貴重な情報を訊くことができたので、そのお礼ということでお教えします。うちの会社が花穂さんのご遺族から依頼されたという事実は一切ありません」

「ああ、そうですか。だとしたら一体誰が……ああそうか、守秘義務があるからだめか」

「犯人に辿り着いて、どうにかして自分が事件解決の一助になりたいと思っています。そして被害者と遺族の方の無念を晴らしたい、目的はそのただ一点です」

 彼が再度頭を下げてきたので、椎名も目礼で返した。

「いつまでも堂園さんの開店準備を邪魔してばかりもいられませんから、そろそろ引き上げることにします」

 そういって椎名が立ち上がろうとすると、堂園は手のひらを向けて制した。冷蔵庫から小瓶を二本取り出すと栓抜きで蓋を開けた。一本を椎名の前に差し出してくる。

「お互いにこれから仕事だ、少しでもアルコールを抜いておきましょう」

 軽く笑うと彼はらっぱ飲みした。椎名も付き合って同じように飲んだ。口の中で泡が弾け、トニックウォーターのうっすらした甘さと苦味が舌に残った。

 ひと息に半分ほど飲んで何げなく見ると、堂園がカウンターに広げた両腕をついてこちらを見据えていた。

 目が合った。心持ち目尻をほころばせて彼はいった。

「最後に正直なところを聞かせてください。今日の僕の話を聞いて、椎名さんは僕に犯人の疑いがあると感じましたか。それとも事件とは無関係だと思いましたか」

 予想外なほど直球の問いかけだった。どう答えるべきか迷ったが、彼の瞳にはこちらのあやふやな返答を許さない強い力があった。口からふっと笑いが洩れた。

「僕は何かおかしいことをいいましたか」

「いえ、いまのは自分の迂闊さに対する自嘲の笑いです。堂園さんにこれだけ話を聞かせてもらって、ご本人が一番気になっているのがそのことだと、なぜ私は気づけなかったんだろう」

「そうですか」

 無表情なトーンで彼はいった。

「私は確かに探偵ではありますが、別に名探偵というわけじゃありません。ですから、ずば抜けた推理を展開して真犯人を言い当てるというような芸当は無理です。ご期待に添えなくて申し訳ありません。ただ今日話を伺った堂園さんの印象を端的にいわせてもらえば、犯人と連想させるような言動も仕草も表情も感じませんでした」

 ぬか喜びするでもなくじっとこちらを凝視している。

「ただ、逆にその事実が堂園さんが事件に関与していることを示している、と考えられないこともない」

 堂園の眉間に深いしわが寄り、わずかに目を細めた。動きも色もなかった彼の目に静かな怒りに似た表情が浮かんだ。

「あなたは花穂さんの恋人でした。つまり彼女の生前の関係者ではあったわけです。そして同時に事件の関係者でもある。これは動かしようのない事実です」

「ブックマッチか」

 押し殺したような声で呟く。椎名は無言で頷いた。

「なぜ事件の現場にうちの店のマッチが落ちてたのか、落ちていたとして、どうして疑われるのか僕にはわからない」

 そのとき、ふと気づいて椎名は尋ねてみた。

「クリスマスの日、花穂さんが店に来たとき、彼女は煙草を吸いましたか?」

 彼は心持ち顔をあげると、天井のあたりを見つめて記憶を掘り起こしていた。こちらに視線を戻してからこう告げた。

「吸ったと思う。正直、吸っているところを見たという記憶はないけど、赤い口紅のついた吸い殻が残った灰皿を洗った憶えがあるんだ。口開けのお客さんがくる前に始末しておこうと思って、それで記憶に残ってた」

 人の記憶は不確かだ。しかし具体的な身体行為が結びつくことによって記憶が補強されることがある。視覚という感覚に、手触りや匂いなど他の感覚器官が付随することで、より強い記憶として固着される。

「ということは、花穂さんは堂園さんのこの店のブックマッチで火を点けた。そう考えられますね」

「ちょうどライターのガスが切れたといってブックマッチを取ったわけだから、多分そうだったんだろうと思うけどね。花穂が煙草を吸ったことが、何か重要なこととつながりますか?」

「それはまだわかりません。わかりませんが」

 椎名は瓶の残りを飲み干してつづけた。

「ブックマッチが二つあります」

「どういう意味ですか」

 訊き返してきた堂園の表情を読もうと試みた。彼の表情には真実がどれほど含まれていて、偽りの成分は含まれていないのかどうか。

 椎名は人差し指を一本立てていった。

「一つ目のブックマッチは現場に落ちていた物。このマッチが使われた形跡はなかったそうです」

 次に、中指を立ててつづける。

「二つ目のマッチは、事件から少し経った頃現場から遠く離れた神奈川県内にあるタクシー会社所有の車内から見つかった物。こっちは使用されていた。つまり、未使用と使用済の二つのマッチが、東京と神奈川という別々の場所から見つかったわけです。これが意味していることがどうもわかりません」

 堂園は握り拳を顎にあてて黙り込み、何事かを考えていた。眼球がせわしなげに左右に動いている。

「二つ目の使用済みのブックマッチからは、花穂さんともう一人の指紋が検出されてるようです。しかし一つ目、未使用のほうからは誰の指紋も出ていない。もちろん事件現場までは誰かが持っていったはずですから、指紋そのものが着いてないというのは極めて不自然です」

 話の途中から堂園はグラスを洗いはじめていたが、その手を止めていった。

「現場まで持っていった人物が指紋を拭きとった?」

 椎名は頷いた。

「それじゃ使用済みのほうの、花穂以外の指紋というのは誰のものなんだ」

「そこまではさすがに私もわかりませんが、タクシー運転手かその会社の誰かのものだと考えるのが妥当じゃないでしょうか。証拠品として提出する際に付着したものかもしれません。いずれにしても指紋の照合は確定してるはずです。いまどき、遺留品に指紋を残していくような間抜けな犯罪者は滅多にいませんしね」

 蛇口から流れる水の音が響いていた。相手の目の動きを探ろうとしたが、彼はすぐに下を向いて再びグラスを洗いはじめた。

「堂園さん、さっき嘘をつきましたね」

 不意打ちで椎名がそう告げると、驚いたような表情を浮かべたあと徐々に彼の顔が紅潮した。

「僕がいつ嘘をついたっていうんだ」

「ブックマッチはまだ残ってるんじゃないですか、その裏側に」

 椎名はカウンターの入口側、レジの内側を指さした。

「カウンターの上に置くのはやめた、でも残ったマッチは客が欲しいといえば渡している。犯人と疑ってるように感じたことに腹を立てて、堂園さんは意趣返しに嘘をついてマッチがあることを隠した。違いますか?」

 蛇口を止め、伸ばした両手をカウンターにつけると堂園はしばし天を仰いだ。それからやけに緩慢な動作で屈み込み、再び体を起こすと手に持ったそれを差し出した。彼がしぶしぶカウンターに置いたブックマッチを椎名は手にとった。

 これまで何度も話では聞いたが実物を見るのは初めてだった。黒地の紙製で、縦五センチ、横四センチほどの小さな物だ。店名と同じ銀色の楕円形の中に、英語で〈Bar obal〉と印刷されたシックなデザインで、中を開くとマッチの軸が十本並んでいた。

 再度グラスを洗いはじめた彼は、表情を読まれたくないのか俯いたまま呟いた。

「僕が警察から疑われている理由がよくわかったよ。あなたがわざわざこの店までやって来た理由も。探偵の口から直接聞かされるというのも皮肉だが」

「堂園さんには嫌な思いばかりさせてしまって申し訳ないですが」

 椎名は形ばかりの頭を下げた。

「バリに行っていた十二月二十三日から二十六日までの間に、飛行機で往復できるかどうか調べてみることにします。まあ、捜査本部ではすでに調べているとは思いますけど、念のため」

 堂園が目を見張り、それから椎名を睨みつけた。椎名は微笑を浮かべるよう努力した。

 濡れた手をタオルで拭うと、彼はまるで感情のこもらない声で告げた。

「そろそろ店を開ける準備をしないと本当にお客さんが来ちまう。もう帰ってくれ」

 ごちそうさまでしたと告げて椎名は立ち上がった。分厚く重い扉を押し開けると、風が耳障りな音をたてて吹き込んできた。