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『その男、椎名』第3章-1

『その男、椎名』第3章–1 長編小説

 

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   ●三人目 金城美絵/被害者の元同僚

 

    場所/京都府宇治市 お番菜『らくら』

 

     †

 

「へえ、インタビュアーなんて、そんな職業があるんですね」

 金城美絵は丸い目をさらに見開いてそういった。椎名が渡した名刺を興味津々という感じで、ためつすがめつ見ている。即席でプリントしたものだから裏面には何も記載されていない。

「わたしあまり頭よくないからわからないんですけど、人にインタビューして、それでどうやってお金もらうんですか。どこからお金をもらうの?」

「雑誌でインタビューの専門誌というのがあるんです。そこで原稿を書かせてもらったり、あとは一般的な雑誌のインタビュー記事の仕事を受けたりしてます。何かと支障があると困るので、もちろんペンネームですが」

「なんだかすごくお金が儲かりそうな職業ですね」

「いやいや、そんなことはありません。私はフリーの立場だし、まあ浮き草稼業です」

 美絵が不思議そうな目を向けた。

「浮き草稼業ってどういうことですか。てか、浮き草ってなに?」

「………」

 彼女に解説するための適当な言葉が見つからなかった。初っぱなからお金の話になったので、椎名は苦笑しつつ告げた。

「今回のこの金城さんへのインタビューに関しては、どこからもお金はもらいません。これは仕事じゃありませんから」

 彼女はもうこれで限界だろうと思われるほど目を丸くした。

「お金はもらえない、つまりただ働きってこと? ということは、この出張も全部自腹ってことですか」

 椎名がこくりと頷くと、彼女は限界をさらに超えて目を大きくした。

「えー! なんでなんで。じゃあどうして東京からわざわざ京都まで来て、こうしてわたしから話を聞こうとしてるわけ?」

「個人的に一つ気になってることがあったんですが、その理由がどうしてもわからなかったんです。それで会社員時代に仲のよかった金城さんだったら、もしかすると知ってるかもしれないと思いまして」

「花穂ちゃんのことで、ですね」

「ええ。でもそれはおいおい話してもらうことにして、まずは昼食を頼みましょう」

 美絵は上目遣いでこちらの顔色を伺うように尋ねた。

「もしかして……この昼食代も自腹とか?」

 椎名は精一杯の作り笑いを浮かべて答えた。

「そうです、全部自分持ちです。さ、それは気にしなくていいのでどうぞ好きなものを注文してください」

 美絵は今度は眉と眉を寄せて困ったような表情に変わった。春の天気のように目まぐるしく変化する顔だ。

「頼みづらーい。いまの話を聞いたらものすごく頼みづらいわ」

 今回彼女に連絡して、場所と時間はそちらに合わせるというと、自分の好きな〈お番菜 らくら〉という宇治市の店を指定してきたのだった。時刻は昼のランチが終わり、客も引けて混まない午後一時。ご飯を食べながらでもいいかというので、それで構わないと椎名は答えたのだった。

「遠慮しなくていいです、せっかくランチの時間なんですから」

「そうですかぁ?」

 彼女が躊躇したのはコンマ数秒のことだった。

「えへ、それじゃお言葉に甘えちゃおうかな。すみませーん」

 手を挙げて店の人を呼ぶと、彼女は「Aランチ二つお願いします」と椎名の分まで勝手に注文した。食べてこなかったからまあいいのだが、値段を見ると三千円とあった。

 美絵の横には、一歳十ヵ月になるという赤ちゃんがいた。外出用のベビースリングの中ですやすやと眠っている。その寝顔を見てから椎名は尋ねた。

「名字が金城さんというと、もしかしてご主人は沖縄とか南のほうのご出身ですか」

「ええそう、よくご存知でですね。さすがインタビューの仕事をしてる人だけあるわ。うちの旦那、休みの日とかは赤ちゃんの面倒をよく見てくれるんだけど、何しろ稼ぎがよくないもんだから、こんな小さい赤ちゃんを預けてわたしパートに出てるんです。まったくしょうがないですよ」

「それじゃ今日は?」

「お休みの日なんです。だから今日にしてもらったの」

 さっきから気になっていたことを訊いてみた。

「京都の方なのに京都弁というか、関西風のアクセントやイントネーションじゃないんですね」

「ああ、私たちもともと東京に住んでたから。京都は、一年半ほど前に旦那の転勤で暮らしはじめたばかりなの。うちの人、全国チェーンのホテルに勤めてるので、これから先もこうやって転勤がつづくかと思うと、いまからもううんざりなんですけど」

「旦那さんは単身赴任を嫌がったんですか」

 美絵は顔を歪めるようにしていった。

「だってあの人、料理も洗濯も何もできないんです。わたしがいないと何ひとつ毎日の生活のことが進まないんだから」

「私も人のことはいえません。料理をしたり掃除したりしようとしても、なかなか時間が……」

「男の人はすぐそうやって時間時間っていうんですよねえ」

 横目で一瞥してくる。

「時間なんて一日二十四時間、全ての人に平等に与えられてるはずなのに。女だって時間のない中からどうにかひねり出して、いろんな家事をこなしてるっていうのに」

 風向きが怪しくなってきた。椎名は額をコリコリと掻いて切り出した。

「それじゃ、インタビューの内容を録音させてもらっていいですか」

「え、もうですか。まだランチもきてないのに」

「金城さんは、食べながら気楽に話してもらっていいので」

 バッグからICレコーダーを取り出し、スイッチを入れていった。

「まずは金城さんと……」

「美絵でいいです。名字で呼ばれると、なんだか旦那のことをいわれてるみたいで嫌なの」

「それでは、美絵さんと花穂さんが一緒に勤めていた会社について少し教えてもらえますか」

 上目遣いでちらっとこちらを見ると、彼女は話しはじめた。

「花穂ちゃんと初めて会ったのは、入社後に開かれた新入社員だけの懇親会のときでした。別々の課の人たちどうしの初顔合わせの意味もあって、そこで意気投合したんです。彼女の笑顔、すごくかわいいじゃない?」

「残念ながら私は、生前の花穂さんの顔は知らないんです」

「あ、そっか。とにかく男性社員からも人気があったし、でも彼女自身はそういう感じが、つまり男からちやほやされるみたいなのが苦手だったみたい。それでわたしに話しかけてきたの、向こうから」

「ちなみに、お二人が勤めていたのは金融関係の会社だったと聞いてますが」

 美絵はすぐ口を開きかけたが、何かを思いとどまったように一旦その口を閉じた。そしてゆっくり三つ数えるほどの間をとってからいった。

「金融関係といったって、メガバンクとか地方銀行とかそういうちゃんとした会社じゃなかったし」

 いままでは二十代後半とはいえあどけなさが残る感じだったが、突然ふてぶてしい大人の女という印象に変わる。

「ということは、消費者金融とかそういう会社でしょうか」

 こくりと頷くと、ちらと赤ちゃんに目をやった。

「まあそんな感じ。わたしも花穂ちゃんも高校卒業してすぐにそこへ入ったんです。わたしが配属されたのは営業さんをサポートする部署で、花穂ちゃんは総務でした。すぐにメル友になって……うわっ、懐かしい言葉。あの頃はまだスマホがないから、携帯電話のメールだったけど。それで当時わたしも花穂ちゃんも彼氏がいなくて、二人の休みが合ったりした日はよく外で待ち合わせたり」

「同じ会社だったのに休日が違ってたわけですか」

「総務とかは土日が休みだけど、わたしは不定期というか、営業さんの仕事次第では日曜でも祝日でも出なくちゃいけなかったりして」

「二人で外で食事したり酒を飲んだりして、いろんな話をしたんでしょうね」

 彼女は目線をちょっと上に向けると、思い出すようにいった。

「そうですねえ、随分いっぱい話したなぁ。ほら、学校でも会社でも同じだと思うけど、新しいクラスとか会社とかへ入った直後って緊張するじゃないですか。それで不安だから、その不安をちょっとでも早く解消しようとして、まずは早く友だちとか知り合いをつくりたがるでしょ? 初めて会って話した人についてく、みたいな……なんかそんな言葉があったような」

インプリンティング?」

 美絵は小首をかしげて頬に指をあてた。

「そんな難しい言葉でしたっけ」

 椎名は言い直した。

「ひよこの刷り込み、とか」

 顔がぱっと明るく変わった。

「そう、それ。わたしたち二人ともひよこの刷り込みだねって笑い合って」

 そこで不意に遠くを眺めるような目つきになって、「ほんと、懐かしいなあ」と呟いた。