●『ジャンプ』 佐藤正午著
小説を読むのって楽しい……と思わせてくれる小説
けっこう前に読んだときの感想なのだが、そのときは小説を読むのがけっこう久しぶりだった。この小説を読み終えて最初に心に浮かんだのが、(いやあ、やっぱり小説はいいなあ)というものだった。
この著者の文章には深い味わいがある。こういう文章を読んでいるだけで、滋味や滋養が心にも体にも満ちてくるような気がする。いや、本当に。読書をする愉しさや快楽というのは、文章そのものを舌で味わうように、一つひとつの言葉を読み進めていくことにあるんじゃないだろうか。
失踪した彼女。少しずつ明らかになってくる、彼女の過去と友人たち−−。五年後に、当時の事件を物語るという設定もとても効果的だし、ストーリーの遅々とした歯がゆさが、これほど読み進めたくなる力になることにも驚かされる。
何ともいえないユーモアが作者の持ち味
個人的にこの著者の魅力は、なんといってもその上質なユーモアにある。読みながら、思わず何度も噴きだしてしまった。ひと頃の村上春樹の小説のユーモアと似ていなくもないけど、少しトーンが異なる笑いかもしれない。分析するのは難しいけど。
コンパクトに印象をまとめると、恋愛を軸とした古典的な探偵小説の雰囲気で、やや意外などんでん返しあり、という感じだろうか。映像化もされたようだが、観ていないのでそちらの感想を書くことはできない。悪しからず。