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【おすすめ傑作選◉読書】『象を洗う』 佐藤正午 エッセイ集

『象を洗う』 佐藤正午著

直木賞受賞前のエッセイ集

 今回はエッセイ集を紹介したい。著者は直木賞を受賞しているが、受賞するずっと以前に刊行されたエッセイ集だ。

 この人の小説は好きでずっと読んでいるが、じつはエッセイも大好きである。小説家には大きく分ければと2種類いると、個人的には思っている。エッセイが面白い人と、面白くない人だ。不思議なことに、エッセイの面白さと小説の面白さとはあまり関係がない。そこが興味深い。

 この著者のエッセイは面白い。もちろん小説も、とっても面白い。小説でも、どこか人を食ったようなユーモアが持ち味のひとつだと思うが、エッセイではより一層それが楽しめる。

言葉についての興味深い意見

 例えば、次のような一節がある。「言葉の力」という題の文章で、男女の恋愛において、目つきや態度で何かを伝えようとするのは間違いだ、と書いている。相手の男に対して好きだという思いを伝えるのに

またたとえばその気にさせるつもりで自分から手を握ってやる。これはうぶな男なら、腕相撲の挑戦かな、と思うかもしれない。すれた男ならきっと、手相を見るつもりだな、と思うだろう。

 こういうユーモアが好きだ。チョコレートを贈ってもセーターを編んでも無駄、意味ありげなことはすべて男には通じない、とつづく。だから言葉にするのが大切だ、という趣旨である。

「象を洗う」とは?

 ちなみに「象を洗う」とは、小説を書くという行為を、大きな象を1頭洗うことにたとえている。耳の裏とか足とか、大きな象を1頭丸ごと、すみずみまできれいに洗うように小説を書こうと心がけているのだそうだ。

 長崎県佐世保市在住の著者だが、地元の噂話からのネタが多い。しかも、飲み屋のおねえさん絡みのが多いところをみると、けっこう夜の店に通っているのだろう。直木賞の受賞会見を、東京の会場へは行かずに電話で行ったことでも話題になった。

 (刊行当時で)五十才近い、独身小説家。競輪好き。軽妙な文体が、個人的には非常に好み。ただ、このエッセイを読んでいると、とても文学的に豊かな素養というか、下地があるということは充分伝わってくる。軽妙洒脱な文章のなかに、そこはかとない深みを感じる。

 思い出したときに再読すると、つい止まらなくなってしまう、癖になる味わいのあるエッセイ集。

 

象を洗う

象を洗う

  • 作者:佐藤 正午
  • 発売日: 2001/12/10
  • メディア: 単行本