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【おすすめ傑作選◉映画】『波の上のピアニスト』

『波の上のピアニスト』

・監督/ジュゼッペ・トルナトーレ 出演/ティム・ロス、プルイット・テイラー・ヴィンス、メラニー・ティエリー他

豪華客船から一度も陸へ降りずに、一生を終えた男の物語

 最初に書こう。これは、ある豪華客船の上で一生をすごした天才ピアニスト、というきわめて特異な設定のストーリーだ。この状況を読んだだけで、もう観るしかないと思ったほど。

 個人的に、これは傑作だと思う。

 舞台は1900年。大西洋を横断する豪華客船のなかで置き去りにされた赤ん坊が見つかる。名前は「ナインティーン・ハンドレッド」……そのままだが他につけようもなかっただろう。

 この映画のなかで、語りが特に巧みだと感じさせられるのが、「親友だった男の回想」というスタイルでストーリーが進んでいくところだ。そこには、すっかり色あせた記憶の断片があり、しかし場面場面の鮮明な記憶がある。

 客船のなかで生まれ育った主人公は、ダンスホールでピアノを弾くようになり、客たちが熱狂するような曲を、即興の超絶技巧で弾いていく。やがておとなになった彼は、ある一人の美しい女性に一目ぼれして−−。

 客船のなかで生まれ、育ち、生涯を終える。とても想像すらできない。ただ彼にとって、その客船は居心地のいいゆりかご。いわば生まれ故郷で、唯一無二のマイホームなのだ。

名作『ニュ−・シネマ・パラダイス』の監督作品

 こんなありえない設定、感情移入しにくいはずの主人公なはずなのに、ラストは感動的で、目頭が熱くなった。1900年という時代背景も内容に合ってるし、なんといっても主人公を取り巻く状況設定の勝利といえる。船底に生き、あえて一歩も陸に上がらず、そして最後に……これを親友だった人物が回想する、というところが何ともいえず余韻嫋々たるものがある。

 『ニュー・シネマ・パラダイス』を撮った監督の映画。華やかさと物哀しさ。これを背景で盛り上げてくれるのが、映画音楽の巨匠・エンニオ・モリコーネ。

 映画はつくり話だが、人にはつくり話が必要なのだと、つくづく感じさせられる映画だ。

 

アルゲリッチ 私こそ、音楽! (字幕版)

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  • 発売日: 2015/05/24
  • メディア: Prime Video