世界の裏庭

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『大誤解』14

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 マンションに帰って郵便受けを開けたとき、敦子の息が止まった。
 あの手紙だ、と思った。
 切手が貼られていない、例の手紙がまた入っていた。封筒をとり出し、早足でエントランスを抜けてエレベーターホールに向かう。無人で降りてきたエレベーターに乗りこみ、胸を押さえた。激しく動揺していた。封筒を見ないようにして四階へ着く。ふるえる手のせいで、部屋の鍵がなかなか差し込めなかった。
 ぐずる雄介を無理やり引っ張って中へ入り、後ろ手に鍵をかけた。とりあえずこれで安全だと息を吐いたとき、電話が鳴った。携帯ではなく固定電話の方だった。少し迷ってから居間まで行き、受話器をとった。同じマンションに住む知人の菜津からだった。崩れるようにソファに腰かける。お茶でも飲みに来ないかというので、あとで行ってみると告げて電話を切った。
 雄介におやつをあげてからキッチンの椅子に座り、テーブルの上に手紙を置いた。正確にいえば、これは手紙ではない。切手が貼られていないから郵便物ではない。つまり、誰かがこのマンションの一階ロビーまでわざわざ足を運んで、郵便受けに直接投函していったことになる。
 前にチケットが入っていたときも同じだった。見たこともない誰かが、自分が暮らしているこの建物の中に入ってきている。顔の見えないその誰かを想像するだけで、敦子は身震いした。怖くて封が切れない。両手で顔をおおい、目を閉じて考える。

 以前、封書が届いたのは一年近く前だったかもしれない。最初はポスティングのチラシか何かで、変わった趣向のものかなと思っただけだった。でもそうだとしたら、自分の名前が手書きで記されているのはおかしい。あまり深く考えないまま開けてみたら、中に芝居のチケットが入っていた。市内の文化ホールで行われる演劇の招待券で、印刷されたチケットの下半券には「ご招待券」と赤の判子が押してあった。
 敦子は首をひねった。チケットプレゼントに応募した覚えはないし、その劇団も芝居もまるで知らない。封筒の中を再度確かめたが、それ以外には何も入っていなかった。
 演劇にはあまりいい思い出がない。しかし敦子は結局、観に行ってみることにした。理由は自分でもわからないが、得体の知れない不安が、逆に足を運ばせたのかもしれなかった。
 その一時間半ほどの演劇を観終わったあと、敦子は座席に金縛りされたように身じろぎさrできなかった。感動していたのではない。芝居の中の主人公は自分にそっくりだった。そっくりという言葉では足りない。敦子の生活のディテールが、芝居の中で克明に再現されていた。
 あのときあの場所に、誰かがいたのだと思った。
 これまでは考えもしなかったが、自分は誰かに見られていると確信したのはあの演劇を観たときだ。たんなる偶然で、こんなことって起こり得るだろうか。あまりに馬鹿げた妄想だと思い込もうとする一方で、ならばなぜ差出人不明で、チケットが自分宛で送られてきたのか?
 わざわざそんな手間をかけるところに、得体の知れない強烈な悪意を感じる。誰かがあのことを目撃して、または知り得て、それをベースに書かれた芝居だと感じた。ただそんな人物がいたと仮定して、その人物が敦子に見せたがる理由がわからない。
 すでに人もまばらな観客席にずいぶん長いこと座りつづけて、気がつけば自分ひとりになっていた。慌てて立ち上がりロビーに出た。ロビー奧にある託児施設につづく廊下を歩きながら、そこでまた気がついて足を止めた。託児施設のある文化ホール。果たしてこれは偶然なの?
 薄気味悪さが背筋を這い上ってくる。男か女かもわからないその相手は、敦子に幼い子どもがいることまで知っている。だからこの場所でなら演劇を観に来ると考えたのではないか。相手が誰なのか突き止めない限り、この街で安心して暮らしていくなんてできない。敦子は自分なりに結論を出した。
 そう、あのとき自分は見られていた。

 暗い回想から我に返った。おもちゃで遊んでいた雄介が足元にまとわりついていた。
「さあ雄ちゃん、菜津おばさんのおうちに行こっか?」
 明るい声を出して、敦子は立ち上がる。白い封筒は食器棚の上にある小さな抽出に入れた。とりあえずいまは忘れよう。いつかは読まなくちゃいけなくなるけど、少なくとも今日はそんな気分にはとてもなれない。エプロンをとってから雄介の手を引いて部屋を出た。

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 菜津のところから戻ってきても、やはり気になって仕方なかった。封書の中身を読むのを先延ばしにすることは、もうできそうにない。夫の信一は出張で今日明日と戻らない。どうせショックを受けるのなら、自分一人のときの方がいい。
 雄介と風呂に入り、絵本を読んで寝かしつけてから居間のテーブルの前に座った。読むのは怖いけど、心を決めて封を切った。中には一枚の紙が折りたたまれて入っていた。
 『罪と罰、飴と鞭』
 この一文だけが書いてあった。
 瞬間、汚いものに、または恐ろしいものに触れたように紙を手放す。手書きではなく、プリントアウトしたものだった。頭が混乱した。
 いったい誰? 誰がこんな嫌がらせをしているの。チケットを一方的に送って寄こしたり、意味のわからない手紙を送りつけてみたり、こんなことをしていったい何が面白いんだろう。いいえ、面白がってるわけじゃない。何か目的があるはずだ。お金を要求してはこないから、何か別の目的があるのだろうか。でなければこんな手間暇のかかることをする意味がない。
 紙の文字をじっと見つめていた敦子に、突然昼間の光景が浮かんだ。今日公園で雄介は変な男に喉を詰まらせられそうになった……飴?
 敦子は思わず腰を浮かして立ち上がった。何かしていないと悲鳴を上げてしまいそうだ。ケトルに水を入れて火にかけた。こんな時刻にコーヒーなんて飲んだら、ますます眠れなくなってしまうから紅茶にしよう。クッキーも残ってたっけ。最近、よく眠れない日がつづいていた。
 お湯が沸くまで、リビングのカーテンを少し開けて外を眺めた。夜になっても暑いが、やはりエアコンを付けるほど寝苦しくはなさそうだ。
 そのとき、何かが光った。
 向かいのホテルの窓。反射的にカーテンを引く。慌ててリビングを離れ、キッチンに駆け込んだ。亡霊でも見たように心臓がドクンドクンと早鐘を打った。身体に震えが走る。悪寒が暑さの中で敦子を震わせた。誰かに見られている?
 いくら何でも考えすぎだよと自分に言ってみる。おかしなことがあったせいで、過敏になってしまっているのかもしれない。
 違う、誰かがいまあたしを見ている。根拠はないのにそう確信した。リビングの明かりを消してドアを閉める。火とキッチンの明かりも消して部屋をまっ暗な状態にした。四つんばいになって床を窓辺まで這っていく。
 カーテンの裾を少しだけたくし上げた。外から見れば、ちょうどベランダの陰に隠れている部分だ。ベランダの手すりのすき間からホテルを見た。あの光は、こちらの部屋よりわずかに高い場所に見えた気がする。いまは不審な光はない。部屋の明かりもついてない。
 と、もう一度同じあたりに同じような光が見えた。暗闇の中で目をこらした。その反射光はチラチラと左右に揺れていたが、やがて固定された。自分はいま向き合っている。暑い夜の闇を間に挟んで、自分と相手が相対していると感じた。四つんばいの窮屈な姿勢のまま、敦子は身じろぎせずに視線を固定しつづけた。
 ふっと光りが消えた。直後、四角いぼんやりとした明かりに変わった。やはりさっきの光とは違う。向こうが窓ガラスを閉めた。ということは、いまのいままで窓が開いていたのだ。窓を開けて、双眼鏡や望遠鏡で監視していたのか。でも、いつから?
 ふといやな連想が浮かび、ぞっとした。もしかしたら階段であのことが起きた、その直後からはじまっていたのだろうか。敦子は唇をきつく噛みしめた。

 一年半前、敦子は人を殺した。
 殺したという言い方は正確ではない。偶発的な事故と呼ぶべき出来事で、きっかけとなったのはささいなことだった。
 中学生のときに敦子は、十歳以上も年上の男と付き合っていた。周りの子たちも微熱に浮かされるように、先を争うようにして年上の男と交際していた。妊娠して堕胎せざるを得なくなった話も、一度や二度ではなかった。敦子も一度、赤ちゃんを堕ろした。辛かったのは言うまでもないが、相手に懇願されれば仕方がなかった。何より自分には、まだ手つかずの未来が広がっているという思いがあった。
 その男の眼に惹かれていた。冷たく、いつも尖った眼をしていた。もう少し大人になってから考えたとき、その視線は独善と他者への拒絶を宿しているに過ぎなかったと思い知らされた。多くの友人と同じく、一悶着あって別れた。大学に入学するためS市を離れたが、結婚してふたたびS市に暮らすことになったとき、その過去は忘れていた。というより、記憶の箱に蓋をしていた。
 だから地下鉄のホームで声をかけられたとき、一瞬誰だか思い出せなかった。男は敦子を見てうすら笑いを浮かべた。その眼も雰囲気も変わり果てていた。すっかり荒んでいて、付き合っていた当時の自信に裏打ちされたようすは影も形もなく、痩せこけてみすぼらしい中年男になっていた。
 懐かしいなあ、昔話でもしようよ。男は言った。うぶ毛が逆立つ思いがした。冗談じゃないと思った。無性に腹が立ったが、それは過去に堕胎を強要されたこととは関係がなかった。昔話をネタに恐喝されたり金銭を要求でもされれば、そこら辺に転がっているよくある話かもしれないが、幸か不幸かそんな覇気さえまるでなかったのだ。きっと、たんに自分の羽振りが良かった頃の思い出話をしたいだけなのだろうと思った。
 敦子にはいまかわいい子どもがいる。自分の過去の辛さもずいぶん薄めてくれたし、幸福のただ中にいる人間はあえて過去の不幸など思い出さないものだ。問題は、まるで別の理不尽な感情が自分の中に湧き上がったことだった。
 自分はこんな男と付き合っていたの? いかに若くて世間知らずだったとはいえ、こんな哀れな男と--。目の前の男が、そして自分が情けなくなった。こんな男に触らせたら無垢なこの子が穢れてしまう。
 逃げるように階段を上る敦子を、男は追いかけてきた。無視して急ぎ足で上っていたとき、男は突然うしろから腕を掴んだ。吐き気がするほどの嫌悪感に駆られた。反射的に振り向いて手を突き出し、押し返した。
 図ったようなタイミングで男の両足が揃い、のけ反った次の瞬間、ふわりと宙に浮いた。両腕をこちらに突き出したまま、眼を口を大きく開け、男は真後ろに飛んでいくように落下した。
 その後のことは一切憶えていない。でも自分のせいで一人の人間が死んでしまったという事実だけは、自分の手の感触に残った。
 もともと大きな事件のない街だから、ニュースや新聞でもそれなりの大きさで報じられた。しかしそれはあくまで地下鉄駅の階段からの転落死事故として扱われ、作為的な事故死、あるいは殺人
が疑われる報道は一切なかった。逆に当時は、駅の安全対策に手落ちがなかったかどうかについての議論までなされた。
 死んだ男と敦子の存在を結びつけて考える人間がいるとすれば、それは、あのときあの現場に人物以外には考えられなかった。おぼろげな記憶では自分たち以外に人の姿はなかったはずだが、何しろ激しく気が動転していたからそれも定かではない。ある日突然、警察がやってくる可能性については観念していた。
 ところが数日、一週間がたち、一ヶ月が過ぎても警察が敦子の前に現れることはなかった。敦子の疑心暗鬼は半年以上もつづいた。もう大丈夫と思った次の瞬間、「ざまあみろ」と誰かが捕まえにくる、その妄想とも恐怖ともつかない感情が徐々に薄れていくことが怖かった。だが結局それから二年近く、現在に至るまで事件として蒸し返される気配はない。街の中心部、地下鉄の階段で起きた出来事を見ていた人がいなかったのは奇跡的な僥倖だった。
 演劇の招待状が届いたのは、敦子も薄々そう考えはじめていた矢先だった。不思議なことに芝居の中では、殺人の場面は出てこなかった。殺人者であり、主人公でもある主婦は、舞台に登場した時点ですでに罪を犯しており、どこでどんなふうにして人を殺したかの場面も説明もなかった。しかし敦子には、自分のことだとはっきりわかった。
 その殺人者の日常が自分の実生活と瓜二つだったから。もし誰かにこのことを話せたとしても一笑に付されて終わりだろう。妄想癖でもあるの? と。でも自分にはわかる。あの演劇の作者と敦子、この二人だけが世の中であの出来事を知っている。なぜなら主人公は、「殺人者だけれど偶然罪を免れている二十九歳の主婦」なのだ。
 しかもただの事故がいつ事件になるかと怖れながら、びくびく暮らしている。こんな人間、自分以外にはあり得ない。

 その日から、敦子は「敵」について情報を集めるための手段を考えはじめた。自分を監視している相手を探し出すことは、不可能ではないだろうと思ってネットを中心に調べてみた。
 「直立劇人」という劇団はS市内でそこそこ有名らしかった。台本を書いている人物に辿り着くのは簡単だが、問題はそのあとだ。
 相手を見つけて問いつめたとする。無断で自分をモデルにして作ったお芝居を発表するなんて、ひどい。でも文句を言ってみたところで、向こうは痛くも痒くもない。人を殺してしまったのは敦子なのだ。相手にそれを認めさせるということは、とりもなおさず敦子が人を殺した事実を認めたことになってしまう。藪蛇というのか、寝た子を起こすというのか知らないけど、放っておけばひとまずは平穏なのに、みすみす自分で波風を立てるようなものだ。
 自首はできない。できるはずがない。あたしには雄介がいる。雄介しかいない。