世界の裏庭

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『事件家族』第2章-9

 

     ☆

 

 チャンプは途中で何回も立ち止まっては、困ったような顔をして陽平を見あげた。

(おれの鼻じゃ無理だよ)

 目がそう言っている。

「頑張れよ、チャンプ! シオンねえちゃんを助けられるのは、僕たちしかいないんだぞ」

 何度も同じ言葉をかけて、陽平はシオンを探していた。いつの間にか大きな通りに出ていた。陽平がこれまで歩いたこともない道路で、家からはずいぶん離れてしまっているだろう。

 少し前、お母さんから携帯電話に連絡が入った。チャンプの散歩に出かけるといって出かけてから、もう一時間近くたっていたからだ。危ないから戻ってきなさいといわれたけれど、二十分ごとに連絡を入れるからとごまかした。

 シオンねえちゃんを探しているなんていったら叱られるから、アッちゃんたちと遊んでいると嘘をついたのだ。

 アッちゃんからは、何度もメールが入っていた。いつも「フシンシャ発見!」という内容ばかりで、シオンねえちゃんを探していることを忘れたんじゃないかと陽平は思った。ほかの友だちからも連絡はきたけど、どれもこれもシオンねえちゃんを見つける役には立ちそうもない内容ばかりだった。

 陽平も足が疲れてきた。指先がじんじんしびれる感じがする。チャンプも年寄犬だから、疲れているみたいだ。

 見覚えのある店があった。ファミレスだ。前にお母さんと一緒にきたことがある。お父さんが一緒だったかどうかは覚えていない。もう何年も、お父さんと一緒に外で食事をしたことなんてないから。

 たしかこの店は、国道四十五号線にあったはずだ。四十五号線といったら、家から相当遠い。たったひとりで、こんな遠くまでくるのは初めてだった。陽平はとたんに心細くなってきた。歩道のすぐ横を車がびゅんびゅん飛ばしていく。

 そのとき遠くのほうで、サイレンの鳴る音が聞こえた。立ち止まって、耳を澄ます。

 うしろからくる。ふり返ってみると、ウーウーという音が近づいてくるのがわかった。消防車? ちがう、パトカーだ。

 それも一台じゃない。たくさんのサイレンが重なって、あっちこっちから陽平がいる方向へ集まってきている気がする。もしかしてシオンねえちゃん、見つかったのかな?

 向こうから道を歩いていたおじさんが、びっくりして立ち止まり、近づいてくるパトカーを眺めている。二台のパトカーが通りすぎていった。

 三台目が通りすぎたとき、道の少し先で急停車した。助手席のドアが開いてスーツ姿のおじさんが出てきた。こっちに向かって走ってきたからびっくりした。

「陽平君、草壁陽平君だよね」

 ドキドキした。どうして僕の名前を知ってるんだろう?

「ほら、今朝君の家にいた、警察のおじさんだ。覚えてるかな」

 オータケさんといっしょにいた人だと思いだした。

「はい。覚えてます」

「かなり家から遠いけど、こんなところで何してるんだい?」

「あの……散歩です。チャンプの」

 陽平が答えると、おじさんは疑っているような顔で見た。ばれたかもしれないと思い、下を向いているとおじさんが言った。

「嘘はいけないな。お母さんがものすごく心配してたぞ。犬の散歩に出かけたっていってたけど、もしかしたらシオンという女の子を探しに行ったんじゃないかって」

「ごめんなさい。でも……」

「その女の子のことが心配なんだよな。わかるよ」

 陽平がうなずくと、おじさんは少し考えていた。

「しょうがない。お母さんを安心させるためだ、車に乗りなさい」

「え、パトカーに乗れるの?」

「本当はだめだけど、今日だけ特別だよ。じつはこれから、そのシオンという女の子がいるかもしれない場所へ行くんだ。すごく急いでるから、とにかく乗って話そう」

 パトカーに乗るのは初めてだった。うしろの席にまずチャンプを乗せて、となりに陽平が座った。シートベルトを締めて車が動きだすと、サイレンがまた鳴りだした。チャンプはちょっとおびえた顔をしたけど、吠えたりはしない。

 運転している人におじさんが何か説明している間、車の中を観察した。うしろの席は普通の車と変わらないけど、前の席にはいろんな機械がいっぱいついていた。機械からは、ときどき誰かの声が聞こえた。どなっているような大きな声だった。

「陽平君」

 おじさんは前の席からうしろを見た。

「携帯電話を持ってるんだって? だったら、まずお母さんに電話しなさい。そうしたら、おじさんが電話にでて説明するから」

 言われた通りに電話した。お母さんが、知らない車に乗せられてるんじゃないの? と大声を出したので、あわてておじさんに電話を渡した。

「お母さんですか? あ、わたし菅原です……ええ、さっきまでそちらにおじゃましていた、県警で草壁と同僚の者です」

 おじさんはお母さんに説明した。一時間以内には送り届けますといって切ると、電話を陽平にさしだした。

「これから行くのは蒲生干潟という場所で、海岸だ。そこに君と仲良しの女の子がいるかもしれない」

 さっきもおじさんは、いるかもしれない、と言った。

「いるかどうか、はっきりわからないんですか?」

「そうなんだ。大嶽が犯人から聞いたというんだが、どうも根拠がはっきりしない。捜索しても手がかりが見つからないから、とにかくまず行って探すことになったんだ。それで、あっちに着いたら車から出ないようにしてほしい」

 こっちをチラッと見ていう。

「脅かすわけじゃないが犯人が近くにいる可能性もある。もちろん車は警察の人が見はってるから大丈夫だけど、万が一ということもあるからね」

 またドキドキしてきた。犯人ということは、シオンねえちゃんをつかまえたやつだ。