大きな道路からだんだん細い道路に入っていって、でこぼこ道になったとたんに海が見えた。途中からパトカーの数がどんどんふえて、せまい駐車場はいっぱいになった。
「陽平君、少しだけ待っててくれ。すぐには見つからないようだったら、この車で家まで送るから」
うなずくと、おじさんは「頼んだぞ」といって外へ出た。陽平は窓ガラスに顔をくっつけて外を見た。何十人いるかわからないぐらいたくさんの警察の人がいた。制服の人がほとんどで、さっきのおじさんみたいにスーツ姿の人は少なかった。
「あのー、シオンねえちゃんはどこにいるんですか?」
運転していた警察の人が外を見ながら言った。
「それがまだわからないんだ。だからいま大勢でいっしょに探してる。早く生きて見つかるといいんだが……」
自分で言ってからハッとしたように陽平を見た。生きて見つかると、といったのが失敗だったと思ってるのかもしれない。けど、それぐらいじゃびっくりしないと陽平は思う。テレビじゃ毎日のように、人が死んだり殺されたりしたとニュースが流れているから。
でもシオンねえちゃんはちがう。ニュースに写真がでてくる、陽平の知らない人なんかじゃなくて、僕が知ってるシオンねえちゃんだ。じっとしてなんかいられなかった。
「お願いがあります。チャンプをまぜてもらえませんか?」
「まぜる? 何に」
運転手の人が不思議そうにこっちを見た。菅原さんよりずっと若い人だった。
「シオンねえちゃんを探すのに、まぜてもらえないですか。チャンプの鼻はすごくよくて、シオンねえちゃんのバンダナもあるから、においを覚えてるはずなんです」
運転手の人は少し考えてから、「ちょっと待ってて」と出ていった。菅原さんに近づいて声をかける。二人でこっちを見て話したあと、いっしょに車に近づいてきた。菅原さんがドアを開けて言った。
「シオンちゃんのハンカチを持ってるって?」
「ハンカチじゃなくてバンダナです。それにチャンプは何回ももシオンねえちゃんと遊んでるから、ちゃんと覚えてるはずです」
あごに手をあてて、菅原さんが考えている。
「やってみる価値はあるんじゃないでしょうか? 日和山の上でもまわりでも見つからないわけですし」
「それはそうだが、万が一犯人がいたらと考えるとな」
「それなら自分が陽平君といっしょに探します。絶対に目を離さないで、付きっきりでいますよ」
「そうか、それじゃ頼む。この辺は岩場も多いから、この子がケガしないように危ない場所へは行かせないでくれ」
菅原さんが忙しそうに向こうへ行くと、運転手の人はにっこり笑って言った。
「おじさんは大場っていうんだ。よろしく」
陽平が外へ出るとチャンプも降りてきた。と、チャンプがワォンと一回吠えた。びっくりした。チャンプが鳴くなんてすごく久しぶりだった。
散歩中にほかの犬がちょっかいかけてきても絶対に吠えない。逆に、うるさそうにして自分から逃げようとするぐらいだ。チャンプは弱いのかとお父さんに聞いたら、そうじゃなくて自分に自信があるから弱いものいじめはしないんだ、と教えてくれた。強いから逃げるんだよ。
リードをあんまり強く引っぱろうとするから、警察の人がたくさんいて興奮しているのだろうと陽平は思った。
「待て、チャンプ。ウェート、ウェート!」
チャンプはこっちを見て、おとなしく座った。
「へえ、賢いもんだな。警察犬みたいだ」
ポケットからバンダナをとりだして、あらためてチャンプの鼻に近づけた。陽平も何度かかいでみたけど、ちょっといい匂いがするだけだった。
「よしチャンプ、行こう。シオンねえちゃんを探すんだ」
チャンプは警察の人たちの間を縫うようにして、しばらく地面をかぎ回っていた。日和山という小さな丘のまわりをうろついてみたり、さっき車できたじゃり道を逆に戻ろうとしたりした。
急にチャンプが立ち止まった。頭をあげている。
右にはコンクリートの大きな壁があって、左は海だ。道はゴツゴツした岩だった。
「どうしたんだろう、匂いがわからなくなったかな」
大場さんが言った。
「この大きな壁、なんですか?」
「防波堤だ。大きな波がきたときに防ぐためのものだよ」
チャンプは突然、リードをいきおいよく引っぱりはじめた。防波堤の外れのほうに向かっている。正面は川だった。すぐ左に見える海に流れているのだ。砂浜へ行く方向には、水の上を歩く細い道がつづいていた。そういえばシオンねえちゃん、サーフィンをやってるって言ってたなと思い出す。
チャンプは海とは逆のほうへ行こうとしているけど、防波堤の先は行き止まりだ。
「チャンプ、この先に道はないんだよ。川しかないじゃないか」
それでもチャンプは、ぐいぐいとリードを引っぱって岩場を登ろうとする。
「あの、チャンプのようすがおかしいんですけど」
「そうだな。まっすぐ行っても川だけだもんなあ」
大場さんも首をかしげている。しょうがないので陽平もごろごろとした岩の上へあがってみた。すると防波堤のうしろに、細い道がつづいていた。松の木がたくさんはえていた。昼間なのに薄暗くて、ちょっと気持ちが悪い。
「あれ? ここから防波堤のうしろへ出られるんだ」
陽平のうしろにいた大場さんが言ったとき、チャンプがふり向いた。何か言いたいことがありそうな表情だった。陽平にはわかる。
シオンねえちゃんが、この中にいるのか? そうなのか?
高い岩場から松林のほうへ降りようとしたとき、陽平は足をふみはずしてリードを放してしまった。
チャンプは、松林のほうへ一目散に走っていく。
大場さんが厳しい顔に変わって言った。
「陽平君はここで待っててくれ、いいね?」
大場さんが、チャンプのあとを追いかけていく。松の木に隠れてしまい、見えなくなる。
少しすると、ワォンとさっきより大きな声でチャンプが吠えた。同時に、海岸のほうからたくさんの警官の人がこちらへ向かってくる。口々に何か叫びながら、陽平の横を走りすぎていく。
「陽平君、大丈夫か?」
菅原さんが陽平の肩に手を置いて言った。
「チャンプがいなくなっちゃって、大場さんも向こうに」
「そうか、いっしょじゃなかったんだな」
菅原さんがほっとしている。おなかのあたりが、きゅっと痛くなる。シオンねえちゃんが見つかったのだと思った。
林の中でみんなが大騒ぎをしている声が聞こえる。菅原さんは、陽平の肩を強く抱いた。
お願いです、シオンねえちゃんがぶじでありますように。
長い長い時間がすぎた気がした。林の中から制服を着た人が走ってくる。大場さんだった。
「女の子を発見しました」
陽平はごくりとつばを飲みこんだ。肩をつかむ菅原の手に力が入るのがわかった。
「鹿野シオンちゃんの生存を確認。気を失ってますが息も脈もあります。生きてます!」
それからあとのことはよく覚えていない。気がついたときには、陽平は救急車の近くにいて、薄いベッドのようなものに横になっているシオンを見ていた。菅原さんが、眠っているだけでほとんどケガもないから大丈夫だと教えてくれた。
救急車が、ピーポーピーポーとサイレンを鳴らして走っていくのをぼんやり眺めていると、菅原さんが言った。
「お手柄だったな、陽平君もチャンプも」
チャンプが不思議そうに菅原さんを見あげていた。